エグやんの「劇場で会いましょう」
“ドビュッシー生誕160周年記念 楊洋と中央歌劇院交響音楽会
(原題纪念德彪西诞辰160周年杨洋与中央歌剧院交响音乐会)
7月14日19時30分(木曜日)
国家大劇場音楽ホール(国家大剧院音乐厅)
エクトル・ベルリオーズ:夏の夜(約30分)
クロード・ドビュッシー:牧神の午後への前奏曲(約10分)
:海~3つの交響的スケッチ~(約25分)
ベルリオーズはクラシック音楽においてロマン派を確立させたといわれるフランスの作曲家。それ以外にもベートーヴェンをフランスでメジャーにしてワーグナーにつなげた。チャイコフスキーなどロシアのクラシック界に多大な影響を与えた。管弦楽の理論を深めたなど多くの功績があります。代表曲にしてメジャーデビュー作『幻想交響曲』は交響曲10大名曲に必ず選ばれるほどです。反面その人生はスキャンダルにとみ、また多くの楽曲はスケールが大きすぎて演奏が大変なため、幻想以外はあまりお耳にかからない作曲家でもあります。今回の『夏の夜』は管弦楽をバックにした歌曲集で当時の妻に捧げられています。なので歌詞も愛がテーマになっております。
かたやドビュッシーはクラシック音楽で印象派を確立したといわれる人ですが、ぶっちゃけ印象派と呼ばれる人は彼とラヴェルくらいしかいません。しかも二人とも全く違った個性的な音楽でその上ドビュッシー自身は自分を印象派ではなくて象徴派だといっていたりします。ただ彼のオーケストレーション(楽曲のオーケストラへのアレンジ、絵画におけるデッサンへの色塗りに例えられる)は印象派絵画に近いものがあります。言葉にならないものを音楽にすることをテーマにした彼ですが、とにかく一聴して彼だとわかる独特の作風が魅力です。
『牧神の午後への前奏曲』はマラルメの象徴詩を基にした作品。牧神パン(パニックの語源でもあります)が夢か現か妖精さんと戯れる午後のひと時を書いたものです。下品に書くと、いや、やめておきましょう。『海』は実際の海の描写ではなく、象徴としての海を書いたものです。発表当時はなんと楽譜の表紙は葛飾北斎の『神奈川沖浪浦』が使われていました(今でも同曲のCDジャケットなでで使われています)。ちなみにこの曲はチェロ16本使い(普通は8~10本)という珍しい編成ですが、普通のオケではそんなにチェロはいないので、ビオラで代用したり人数を減らしたりします。今回はどうでしょうか。また2曲ともハープの響きが魅力的な曲でもあります。こんなところにも注目して楽しんでいただけたらよいかと思います。では劇場でお会いしましょう
オマケ
音楽の派について
・印象派 19世紀後半 元々は美術用語。展覧会に対する「それって、あなたの印象ですよね」を逆手にとって名づけられた。写実ではなく人間の感性を通しているのが特徴。
・ロマン派 19世紀後半 元々は文学用語。ローマ時代、お堅い文章はラテン語で書かれたが、恋愛小説などはローマ語で書かれたため。人間の個人個人の感情のうねりを大切にしたのが特徴。
・古典派(クラシック)18世紀後半 元々は建築用語で最高級(クラス)と言う意味。ローマ時代ローマ建築様式にたいして、ギリシア建築をそう評した事から古典となった。音楽の世界ではロマン派に対して、文学性や哲学性ではなく昔の音楽は音楽そのもので語ったよねという考え方から。
・バロック 17~18世紀前半 元々は建築用語。イタリア語で歪んだ真珠。当時のごてごてした装飾の建築について名づけられた。クラシック音楽では20世紀に人為的に名づけられた。宮廷や教会の依頼で作られる音楽がメイン(機会音楽)そのため明るくわかりやすい音楽がメインというのが強いて言うなら特徴。
2022漫步经典:浪漫的变奏“纪念德彪西诞辰160周年
張芸と国家大劇場管弦楽団によるマーラー演奏会
(原題张艺与国家大剧院管弦乐团演绎马勒)
国家大劇場音楽ホール(国家大剧院音乐厅)
7月9-10日19時30分(土曜日、日曜日)

グスタフ・マーラー:交響曲第6番イ短調悲劇的(約80分)
19世紀ウィーンでは文学、哲学、美術、音楽を横断する世紀末芸術が流行します。その音楽代表ともいえるのがマーラーです。ウィーンフィルの首席指揮者やワーグナーの解釈者など演奏家として頂点を極めますが、作曲家としては新奇で難解な音楽性は当時一般に理解されたとは言えず、「いずれ私の時代が来る」との言葉を残すことになります。
そんなマーラーの音楽が脚光を浴びたのは20世紀末でした、彼の弟子、孫弟子といえるユダヤ人音楽家が精力的に彼の音楽を取り入れ続けた事。長大な曲がCD時代にマッチした事。破滅へと向かう分裂傾向のある彼の音楽性が20世紀末のパラノ(偏執)からスキゾ(分裂)への変遷という時代の空気にマッチしたからなど言われますが、難しく考える事はありません。彼の音楽独特のオーケストラの性能をフルに活かしたダイナミックな響きと時に妖しいまでの甘い響きのハーモニーを楽しめばよいかと思います。
交響曲第6番はマーラーが公私とも最も充実していたころに書かれています。しかしながら、その作品はタイトルにあるように悲劇的で、マーラーは今後の自分の人生の崩壊を予言していたのかも知れません。
彼の作品としては珍しくオーソドックスな4楽章形式の作品で声楽も導入されない純器楽曲という形式をとりますが、その中身は異形のマーラー節さく裂で、まさに羊の皮をかぶったマンモスという趣です。通常『運命』などに代表されるように交響曲は苦悩から歓喜という流れを取るのですが、この曲は悲劇的に始まって悲劇的に終わります。他にも独特な打楽器や管楽器の使い方もあり、それゆえ正当に寄せるか、異形を強調するか、指揮者による解釈差が非常に大きい作品でもあります。演奏時間からして70分から90分まであったりします。果たして今回はどのような演奏になるのか。今回指揮をする張芸さんは国家バレー団の音楽監督を務める方で何回か演奏を見させていただきましたが、非常に盛り上がる演奏をする方なので、この曲とは相性ばっちりではないかと思います。
そしてマーラー作品はオーケストラ作品の中でもダイナミックレンジが非常に広く、家庭用オーディオではボリュームを絞れば聴こえない箇所があり、かといってボリュームを上げると大惨事なんて事もあり。劇場でこそ最も真価を発揮する曲達なのです。そしてこの6番では聴くだけではわからない視覚的効果も色々あるので、ぜひ現地でご確認いただきたい。では劇場でお会いしましょう。
中央歌劇場レパートリー公演世界的古典歌劇 椿姫ラ・トラヴィアータ
(原題 中央歌剧院保留剧目世界经典歌剧 茶花女“LaTraviata” )
国家大劇場音楽ホール(中央歌剧院)
7月8日~10日(金、土、日曜日) 19時30分
https://www.chinaopera.org.cn/h5?code=0818l7Ga1EdfsD0CxUGa17Wnxm28l7Gz&state=473d867abcbdf2eb556576d7fada9df3#/pages-order/projectDetail/index?projectId=8057002002458

ジュゼッペ・ヴェルディ:椿姫 全3幕 第1幕 30分
第2幕 70分
第3幕 40分
イタリア史上最も偉大な作曲家は誰か、その答えが今回の作品の作曲者ヴェルディです。
そんな彼が小デュマの私小説的な小説『椿姫(椿を持った貴婦人を)』を元に作ったのが中期を代表する傑作『ラ・トラヴィアータ(道を踏み外した女)』。コロナ延期を経て満を持して上映されます。日本ではCMに使われた「乾杯の歌」などがお馴染みですね。どんなお話かというと。
第1幕 高級娼婦のヴィオレッタの催すパーティーは今日も大盛況。しかし彼女にはわずかな衰えが。そんな彼を真剣に愛するアルフレード。彼に自分のトレードマークである椿を渡し再会を約束するとともに、この胸のときめきの愛をとるか、今の享楽的な生活を取るか悩みます。
第2幕 第1場 結局、田舎でアルフレードと暮らすことにしたヴィオレッタ。彼女は秘かに自分の私物を売って二人の生活を支えています。それを知りプライドを傷つけられた彼はパリへ彼女の私物を取り戻しに。その間にアルフレードの父が来て息子と別れてくれるように説得します。拒絶する彼女でしたがアルフレードの妹の結婚に差し障ると聞いた彼女は彼を諦め再び元の世界に。彼が追いかけてこないようにその真実も隠したまま。
第2場 裏切られ捨てられたと思ったアルフレードは復讐心に燃え、ヴィオレッタのいるパーティーに来て、そこで彼女を辱めます。傷つく彼女を見てアルフレードは後悔します。
第3幕 ヴィオレッタは病床に、死期が迫っています。道を踏み外した女に慈悲を賜らん事を神に祈る彼女のもとに全てを知ったアルフレードと後悔にさいなまれたその父がかけつけます。彼らに見送られ彼女は旅立ちます。
なんか聞いた事のあるような話と思われるかも知れませんが。逆です、これがオリジナルなのです。映画『ムーラン・ルージュ』などもこのお話が元になっています。ちなみに高級娼婦とは19世紀のフランス文学にはよく出てきますが、元々は王族などの愛人(ポンパドール夫人などが有名です)を指す言葉でした。美しいだけでなく、文化、芸術に素養が深く、有力なパトロンにかしづかれ、自らもサロンを開催したり、芸術家を保護したりして、多くの人の憧れでもありました。しかし彼女たちの存在は神に祝福されたものではなく、自らの衰えにおびえながら生きていたのです。
オペラが生まれたのは17世紀。歌の国イタリアです。他の国にも輸出されましたが、やはり本場には敵わない。そんな中、フランスではエスプリの効いたストーリにバレエなどを取り込んだ一大エンターテインメントに。ドイツでは文学性、演劇性、(オーケストラの)音楽性を高め総合芸術へ進化を遂げました。翻ってイタリアでは、スター歌手中心で脈絡もなく発狂したヒロインが超高音を張り上げるような作品が主流になっていたのです。オペラの主役は(美)声ではなく歌であると思ったヴェルディは人々が共感できるストーリと人物造詣を心掛け多くの傑作を作り、イタリアンオペラこそやはり王道であると世に知らしめたのです。そして多くの人の心をうったのです。
19世紀のイタリアも21世紀の中国や日本も人の営みに変わりはありません。200年近くにわたって世界中の人を感動させたこのオペラ、ぜひ劇場で体験してみてください。日本では着飾ってというイメージですが、中国では服装などみんな無頓着できているの、オペラは敷居が高くてちょっとなんて人にはかえっていいかも。では劇場でお会いしましょう。