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SUMMARY:アメリカ黒人は日本と中国をどう見てきたか＠北京日本人学術交流会
DESCRIPTION:第219回北京日本人学術交流会では、「アメリカ黒人は日本と中国をどう見てきたか―マーク・ガリキオ『アメリカ黒人から見た日本、中国1895-1945―ブラックインターナショナリズムの盛衰』（岩波書店2013）を読み解く」を行います。 \n　日中関係が、難しい局面を迎えているといわれていますが、日本と中国の間だけでなく\nそれ以外の他者が日中関係をどうみていたかという点に着目することが、新たな視点を日本人にも中国人にももたらしてくれると私たちは、考えます。 \n　そこで、具体的には、アメリカの黒人たちが、日本と中国をどう見てきたかのかというテーマに焦点をあてます。\nアメリカの白人社会の中で抑圧されていたアメリカの黒人たちは、日本と中国をどう見ていたのでしょうか。 \nそのことをマーク・ガリキオ『アメリカ黒人から見た日本、中国―ブラックインターナショナリズムの盛衰』（岩波書店2013）を読み解くことを通して考えます。\n当日は、この本を要約したレジュメが配布され、それをもとに共同討論をすすめていく予定です。ご関心ある方のご参加を心よりお待ちしています。 \n参加希望の方は、5月6日（金曜）深夜までに以下のフォームにお申し込みください。 \nhttps://legacy.creativesurvey.com/reply/104575b7f0ec9bf31222f34ef3bad9 \nどうぞよろしくお願いいたします。 \n◎第219回北京日本人学術交流会\n◎要旨\nアメリカ国内の過酷な人種差別を白人が有色人種を支配する世界システムの一環としてとらえるブラックインターナショナリズムという思潮が、存在する。\nこの思潮が高まっていく中で多くのアメリカ黒人たちが、日露戦争に勝利した日本に有色人種の擁護者としての大きな期待を寄せていた。白人のロシアに勝利した日本が、白人中心の世界を変えてくれると期待したのだった。そのなかにはたとえば、当時の著名なアフリカ系アメリカ人研究者であったW・E・Bデュボイスもいた。W・E・Bデュボイスは、日本の刺激的な勝利によって「「白人」という語がもつ現代の馬鹿げた魔力」が破壊され「白人の搾取に対する有色人種の叛乱」の予感が起こってきたと書いていた。\n日本勝利のニュースは、国際情勢に関心を持ち、世界の出来事を被支配民族の立場から観察するようになっていたアメリカ黒人大衆にまで広まっていた。\nしかし、黒人たちの期待は、その後の日本の中国侵略によって裏切られてしまう。\nその後1941年には、日米開戦となり、アメリカ黒人は期待を寄せていた日本とたたかうことになる。これは、これまでほとんど知られてこなかったアメリカ黒人たちの日本観や中国観をたどり、新たな日中関係を模索しよとする試みである。\nちなみにこの書の目次は以下の通りである。\nはじめに―ブラックインターナショナリズム\n１、有色人種の擁護者\n２、有色人種の潮流の高まり\n３、階級か肌の色か\n４、「ブラックインターナショナル」の台頭\n５、抵抗か不忠か\n６、人種と国家安全保障\n７、ブラックインターナショナリズムと白人リベラルたち\n８、中国の再発見\n９、中国の喪失\nおわりに\n◎日時：2016年5月8日（日曜）午後3時開場、午後3時半開始予定、報告後質疑応答などふくめ午後8時には終了の予定。\n◎場所：亮馬橋幸福ビルB座中華料理店京味菜の一室（くわしくは参加申し込みしてくださった方にお知らせします。）\n◎報告者：山口直樹（北京日本人学術交流会代表）\n◎参加費：運営費、資料代、食事代など\n飲み物や中華料理が用意されます。社会人（企業派遣留学生含む）：200元、学生100元\n◎言語：主に日本語
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SUMMARY:「台湾における原爆開発の歴史を考える」@北京日本人学術交流会
DESCRIPTION:◎第218回北京日本人学術交流会\n◎テーマ：「台湾における原爆開発の歴史を考える」\n台湾における原爆開発に関する1時間ほどのドキュメンタリー（中国語で中国語字幕付き）を上映の予定。\n◎要旨\n　中華人民共和国において原爆開発が、本格的にはじまるのは、冷戦下の1955年ごろのことである。その後、1964年に原爆実験に成功している。\nしかし、国民党は、共産党よりも早く原爆開発にとりくみはじめていた。\n国民党は、国共内戦のさなかの1946年6月原子力研究員会を設立していた。\n1946年9月、近代中国物理学の父といわれる物理学者、吴大猷や西南連合大学化学科教授の曾昭抡らは、原子力委員会の指示に従ってアメリカへ渡航し、原爆開発の情報を得ようと試みていた。ところが、アメリカはそれに同意しなかった。\nこのことにより国民党の原爆開発はおくれをとることになる。\n国共内戦に敗れ台湾へと移った国民党が、本格的に原爆開発に向かうのはかなりあとになってからのことである。国民党の蒋介石は、どのようにして原爆開発を行おうとしていたのか。実はここには、イスラエルや南アフリカもかかわっていたのだが、その背景にあったものはなんだったのか。また最終的には、この試みは挫折するのだが、それはなぜだったのか。\nドキュメンタリーを見ることを通してこれらの問題を考えることとしたい。 \n◎日時：2016年5月2日（月曜）（通常の土曜、日曜と違いますのでご注意ください。）\n午後3時開場、午後3時半開始予定。ドキュメンタリー鑑賞後、解説、共同討論など午後8時ごろ終了予定。\n◎場所：亮馬橋幸福ビルB座中華料理店京味菜の一室。\n（くわしくは、申し込んでいただいた方にお伝えします。）\n◎解説：山口直樹（北京日本人学術交流会代表）\n◎参加費：運営費、資料代、食事代など\n飲み物や中華料理が用意されます。社会人（企業派遣留学生含む）：200元、学生100元\n◎言語：ドキュメンタリー映像は、中国語（中国語字幕付き）\n解説や討論は主に日本語
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SUMMARY:元北京大学総長、蔡元培の大学論＠北京日本人学術交流会
DESCRIPTION:第217回北京日本人学術交流会では、元北京大学総長であった蔡元培の住んでいた\n寓居とかつて北京大学の存在した紅楼(五四運動記念館)を訪問したあと、近くの中華料理店で「元北京大学総長、蔡元培の大学論」という報告が行われ、共同討論がなされる予定です。北京だからこそできる試みといえます。\n◎テーマ：「元北京大学総長、蔡元培の大学論」\n◎第217回北京日本人学術交流会要旨\n　蔡元培は、1868年、浙江省紹興の裕福な商人の家に生まれた。\n清朝末期の知識人として当初、蔡元培は、科挙への合格を目標として勉学を続けていた。\nしかし、1894年の日清戦争での日本への敗北のショックは、蔡元培に清朝の体制を疑わせるものとなっていた。中国を復興させるためには、西洋の学問を学ばなければならないと蔡元培は、考えるようになり、中国語訳や日本語訳の西洋の学術書を読み始めていた。\nそして、ついには、ドイツに1907年留学をはたす。当時の蔡元培は、40歳を過ぎており、こうした留学は、めずらしいものであった。\n最初の一年はベルリンですごし、その後3年間は、ライプチヒ大学で学んでいた。\n1911年辛亥革命で中華民国が成立すると、蔡元培は、文部大臣として中国に帰国した。\nその後、蔡元培は、北京大学の総長に就任する。\n北京大学は、もともと京師大学堂として創設された大学だが、蔡元培が、総長に就任した当時は、主に官僚養成の高等教育機関であり、学術研究の雰囲気は希薄であった。\n　しかし、蔡元培は、北京大学の総長に就任すると「思想の自由と兼容並包」の理念を掲げ大学改革に着手する。\n　また、当時、上海において1915年から『新青年』を刊行し、新文化運動の旗手となった陳独秀やコーネル大学やコロンビア大学でプラグマティズムを学んだ胡適、日本において医学から文学に転換した魯迅(今日つかわれている北京大学の校章は、蔡元培が魯迅に依頼し、魯迅がデザインしたものである。)らを北京大学に招き青年たちの教育にあたらせた。事情により実現はしなかったが、当時、世界的な知名度を得ていたアルバート・アインシュタインに北京大学で講演してもらおうと試みたのも蔡元培であった。\nこうした試みが，功を奏し、北京大学は中国における学術研究の中心となっていった。\n　その大総長といってよい蔡元培の手腕が、今日でも高く評価されていることは、北京大学教授に蔡元培を尊敬する人が、少なくなく、今日の北京大学で元培学院が、設立され、教育が行われるようになっていることからもうかがい知ることができるであろう。\nかつて、北京日本人学術交流会では、「元北京大学総長、蔡元培の学問思想」という報告が行われたことがある。今回は、さらに蔡元培と関係の深い場所を実際に訪問した後、蔡元培の大学論に焦点をあて、蔡元培に関する映像なども見ながら蔡元培の大学論について共同討論し、その大学論の今日的意味を考える。 \n◎日時：2016年4月24日(日曜)午後3時から午後8時ごろまで。\n◎場所：地下鉄東単駅(地下鉄5号線、1号線)A出口に集合、その後、蔡元培寓居訪問後、北京大学紅楼に移動、見学後、近くの中華料理店(申し込んでいただいた方にあとで詳しくお伝えする予定です。)で報告が行われ、共同討論がなされる予定である。\n◎案内人、報告者：山口直樹(北京日本人学術交流会代表)\n◎参加費：運営費、資料代、食事代(飲み物、中華料理が用意されます。)など。\n社会人(企業派遣留学生含む)200元、学生、留学生100元\n◎言語：主に日本語、映像は中国語。 \n参加を希望される方は、4月22日(金曜)深夜までに以下のフォームからお申し込みください。\nhttps://legacy.creativesurvey.com/reply/7e4e36c48dc1c959643c533e603af6
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SUMMARY:意図で変わる中国の写真イメージ＠北京日本人学術交流会
DESCRIPTION:◎テーマ「 意図で変わる中国の写真イメージ 」\n◎内容：中国（主に北京）に１５年以上滞在し、さまざまな写真を撮る機会に恵まれました。\nそんな中、語学の教科書や航空会社の広告など、中国を好きになってもらいたいという意図\nで撮影した写真と、通信社用に撮影した報道写真とでは、同じカメラマンが撮影しても、\n中国の見え方は大変に違います。\n中国のどこを見るかで、対中イメージが変わってくる事は明らかです。\n２つの意図によって撮影された写真を見比べる事から、\n日中のイメージギャップについて、考えられたらと思います。\n（注：２０１５年１１月１２日、日本人会にての講演と重なる内容です） \n◎日時：2016年4月17日(日曜)午後3時開場午後3時半開始講演、質疑応答、食事など含め午後8時ごろに終了予定。\n◎場所：亮馬橋幸福ビルB座京味菜の一室(くわしくは申し込んでくださった方におしらします。)\n◎講師：佐渡多真子氏(フリーカメラマン)\n● 佐渡多真子略歴\n　北京在住フォトグラファー。中央大学卒業後、１９９０年、フリーカメラマンとして独立。\n１９９５年～９７年、北京大学留学。’９９年、北京に拠点を移し、中国関連の写真を国内外のメディアに発表している。北京中芸映像学校・顧問『幸福（シンフー）？』（集英社）、『ニーハオ！双子のパンダ（日本版）（韓国版） (中国版)』（ポプラ社、）、『パンダフルワールド』（アスペクト）、『子パンダようちえん』（青菁社）、『こぱんだ　シールの　ココロ』（講談社）、\n『歳時記・中国雑貨』（木楽舎　原口純子著）など写真作品集多数。\n　現在、NHKラジオ中国語会話『レベルアップ中国語』表紙写真、『人民中国』表紙写真を担当。\n読売新聞（国際版）リレーエッセー、freasia 「Blog from the world-Beijing」http://freesiaweb.com/、\n国際貿易「北京・暮らしのスケッチ」にエッセーを連載中。\n◎参加費：運営費、資料代、食事代など\n飲み物や中華料理が用意されます。社会人(企業派遣留学生含む)：200元、留学生、学生：100元(運営費、資料代、食事代など)\n◎言語：主に日本語 \n参加希望の方は、4月15日(金曜)深夜までに以下のフォームからお申し込み下さい。 \n https://legacy.creativesurvey.com/reply/bb3f3ca1811a211571fa39fca96074
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SUMMARY:「中国はどこに向かうか」＠北京日本人学術交流会
DESCRIPTION:第215回北京日本人学術交流会\nテーマ：「中国はどこに向かうのか」\n要旨：中国経済の今後10年は、改革は進むのか、発展モデルは変わるか、\n      中国の対外外交路線の変化、日中関係などを中心に私の視点から問題提起を行い参加者のみなさんと共にこの問題を考えてみたい。\n◎日時：2016年4月9日(土曜)午後3時開場、午後3時半開始、問題提起30から40分ほど、その後、共同討論含めて午後8時ごろ終了予定。\n◎場所：亮馬橋幸福ビル中華料理店京味菜の一室(くわしくは申し込んでくれた方にお知らせします。)\n◎問題提起者、スピーカー：徳地立人氏(清華大学公共管理学院産業発展と環境ガバナンスセンター（CIDEG）理事兼研究員)\n1952年生まれ（東京出身）。20数年大和証券に勤務、主に米国、香港、北京、シンガポールなどで国際投資銀行業務に従事した後、2002年、中信証券に入社。副総経理（執行委員）、マネージングディレクター兼投資銀行委員会主席、中信証券国際主席などを歴任し、2015年末、退任。中信証券では、中国大型国有企業の株式化、5大銀行の新規株式上場（IPO）、中国企業国内の外M＆Aなどを手がける。目下、国家外国専門家局諮問委員会外国専門家顧問委員、トヨタ自動車、東京海上グループ、星野リゾートなど日本企業への中国関連のアドバイスも行っている。北京大学中国文学学科卒業、スタンフォード大学東アジア研究センターにて修士（中国経済）。著作（中国語）：『国有企業到境外上市公司』（主編）、『企業重組導論』（編集委員）など。2009年、中国金融業界での功労が認められ、中国政府より“友誼賞”を受賞。\n◎参加費：運営費、資料代など\n飲み物(ビールやソフトドリンク)や中華料理が用意されます。社会人(企業派遣留学生含む)：200元、留学生、学生：100元(運営費、資料代、食事代など)\n◎言語：主に日本語 \n参加希望の方は以下のフォームから4月7日(木曜)深夜までにお申し込みください。\n席には限りがあります。満席になり次第しめきります。ああかじめご了承ください。どうぞお早めにお申し込み下さい。 \nhttps://legacy.creativesurvey.com/reply/07065823acd60c01dd515e4b91db78 \nどうぞよろしくお願いいたします。
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SUMMARY:習近平政権下で際立つもう一つの歴史認識問題＠北京日本人学術交流会
DESCRIPTION:第214回北京日本人学術交流会\n◎日時：2016年4月3日(日曜)午後3時開場、午後3時半開始、報告、質疑応答含めて午後8時終了予定。\n◎場所：亮馬橋幸福ビル中華料理店京味菜の一室(くわしくは申し込んでくれた方にお知らせします。)\n◎テーマ：「習近平政権下で際立つもう一つの歴史認識問題」\n◎講演者：加藤隆則氏(独立記者、NPO法人独創メディア理事長)\n(略歴)1962年東京生まれ。早稲田大学政治経済学部卒、1986年から1987年に北京で語学留学。1988年読売新聞社入社。上海支局長や北京で中国総局長を歴任。現在は、NPO法人独創メディア理事長。主な著書に『中国社会の見えない掟―潜規則とは何か』(講談社新書)『「反日」中国の真実』（講談社新書）『習近平の政治思想』(勉誠出版)など。\n◎参加費：運営費、資料代など\n飲み物(ビールやソフトドリンク)や中華料理が用意されます。社会人(企業派遣留学生含む)：200元、留学生、学生：100元(運営費、資料代、食事代など)\n◎言語：主に日本語 \n(要旨)\n２０１５年から１０年間、上海、北京で特派員を経験した後、約９か月間、日本で過ごした体験をもとに、日本の対中認識の問題点を解き明かす。帰国後、各種講演会や寄港原稿で「習近平政権下で反日デモは起きない」との認識を伝えてきた（前回での北京日本人学術交流会でも然り）。習近平は強い指導者を演出し、「反日」から「克日」「超日」へと向かっている。それは過去の歴史を乗り越える現在、将来の課題である。日中間ではしばしば戦争に関する歴史問題あるいは歴史認識問題が問われてきたが、「もう一つの歴史問題」にも留意する必要がある。ある特定の事件ではなく、歴史そのものをどうとらえるかという根本的な問題である。\n 昨年以来、日本では戦後７０年の総括がされてきた。侵略戦争への言及や謝罪が注目された安倍首相の戦後７０年談話は、過去の反省に言及しつつも、「あの戦争には何ら関わりのない、私たちの子や孫、そしてその先の世代の子どもたちに、謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません」との言葉にウエートがあった。過去の清算である。 \nでは中国はどうか。現状維持を望む日本に対し、経済大国に成長した中国は現状に不公平を感じ、他の新興国とスクラムを組んで米国を中心とする国際秩序の変更を求めている。習近平は就任後から、中華民族の偉大な復興を実現する「中国の夢」をスローガンに掲げ、大国としての復活を夢見ている。実際、国際経済学者のアンガス・マディソン氏の世界経済長期統計によると、中国のＧＤＰは、１８２０年代は世界の３２・９％だったが、建国当初の１９５２年は５・２％しかなかった。中国の夢に語られる「復興」にはこうした民族の記憶が刻まれている。\n 習近平は昨年９月３日の抗日戦争勝利７０年記念軍事パレードで、「抗日戦争の勝利が、日本の軍国主義が中国を植民地とし奴隷とするたくらみを徹底的に粉砕し、近代以来、中国が受けてきた外国の侵略による民族の恥辱を雪ぎ、世界における中国の大国としての地位を改めて確立した」と演説した。中国にとって歴史は過去のものではなく、民族の復興を実現するためのバネである。簡単に清算し、先に進めるものではなく、まさに現在の政治と不可分の関係にある。\n 習近平には「二つの１００年目標」がある。共産党創設１００年（２０２１年）にゆとりある社会（小康社会）を全面的に築き、建国１００年（２０４９年）には富強で、民主的で、文明を備え、調和のとれた社会主義近代化国家を建設する。つまり先進国入りである。具体的な数字の目標は、２０２０年にＧＤＰと１人当たりの収入を２０１０年の倍に増やす所得倍増計画があり、２０２０年までに７０００万人の貧困人口（年間収入が２８００元＝約４万８０００円以下）を解消することも目標に掲げている。\n 抗日戦争勝利７０年だった昨年、国慶節の大規模な軍事パレードについて日本では「反日的だ」との論調が強かったが、見逃されているのは１年を通じ、反日デモの呼びかけが全くなかったことだ。だが日本ではいまだに、「江沢民時代の愛国主義教育が反日感情を生んだ」との安直な図式がまかり通っている。反日感情には、語り継がれてきた戦争の記憶と大国化によって刺激された民族意識という歴史的な背景がある。中国が大国化したにも関わらず、依然、優越意識、上から目線を持ち続けて、傲慢な態度を取っている日本が、中国人を刺激している側面は見逃せない。反日感情をもっぱら中国側の責任とする見方は、日本人が自己の責任から回避しようとする言い逃れにしか見えない。\n 中国が日本を乗り越えようとしている今、もう一つの歴史認識問題を認識することが、新たな日中関係を構築する第一歩となる。\n第214回北京日本人学術交流会では、NPO法人日中独創メディア理事長の加藤隆則氏に「習近平政権下で際立つもう一つの歴史認識問題」というテーマで話していただきます。\nこれまで学術交流会では、加藤隆則氏には、二度の講演をいただいていますが、今回は歴史認識問題に焦点を当ててお話しいただきます。\n　参加希望の方は、4月1日(金曜)深夜までに次のフォームにお申し込み下さい。\nなお、席には限りがあるため先着順となります。\nあらかじめご了承ください。参加希望の方は、お早めにお申し込みくださいますようおねがいいたします。\n(申込フォーム)\nhttps://legacy.creativesurvey.com/reply/0ea4281007e2ddf6460a8af2921fcf \nどうぞ、よろしくお願いいたします。
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SUMMARY:日中経済講演会「高速鉄道のレールを支える日系企業」
DESCRIPTION:テーマ\n日中経済講演会「高速鉄道のレールを支える日系企業」\n～～『日中関係は最悪なのか　政治対立化の経済発信力』中国語版（『我在中国做生意』）の執筆者が語る中国における日系企業の姿～～ \n１、 趣旨\n中国が経済のドラスティックな構造改革に取り組む中で、成長の減速が世界の懸念材料となっている。日本にとって中国は最大の貿易相手国であるが、直接投資額は減少傾向にある。賃金をはじめとする生産コストの上昇によって、中国は「世界の工場」としての役割が低下する一方、内需拡大政策によって世界最大のマーケットとしての重要性に注目が集まる。中国をめぐる国際経済関係は大きく地殻変動を起こしているが、日本では必ずしも中国経済に関する情報が正しく伝えられていないことも否定できない。そうした中、実際に現地に根をはやし、実績を上げている日系企業の実例を直接伝えることは、今後の日中経済関係を考えるうえで重要である。こうした考えに基づき２０１４年、中国でビジネスにかかわる日中の経済人ら３３人が「日中関係は本当に最悪なのか－政治対立下の経済発信力－」（日本僑報社）を共同執筆したが、このたび中国語版が発行された。日本と縁の深い中国の若者たち１１人がボランティアで翻訳した意義深いものである。同書執筆者の１人で、中国高速鉄道の枕木の留め金を製造している蘇州石川制鉄有限公司の塩谷外司董事長を招き、３０年に及ぶ中国との付き合いについてお話をして頂く。併せて翻訳グループのリーダー、高華彬氏からも今回の中国語版出版の意義について語って頂く。 \n２、 日時場所\n２０１６年４月２日（土）１４：００～１７：００\n在中国日本大使館（北京市朝陽区亮馬橋東街１号） \n３、 講演者\n① 「鋳物作りを通じた日中友好」　蘇州石川制鉄有限公司　塩谷外司\n1949年、石川県金沢市生まれ。73年から父親の経営する石川可鍛製鉄株式会社に勤務。87年から蘇州で鋳造の技術指導を行い、94年、蘇州石川製鉄有限公司の経理に就任。98年から董事長。2007年に蘇州市名誉市民の表彰\n② 「中日関係にも『有機栽培』が必要～『日中関係は本当に最悪なのか』の翻訳動機と中日関係についての私見）　高華彬\n1972年、四川省生まれ。北京第二外国語学院アジア・アフリカ学部日本語専門学士卒業、対外経済貿易大学経済学修士学位を取得。2006年からＪＥＴプログラムで長崎県県庁に国際交流員として1年勤務。2008年から自治体国際化協会北京事務所に勤務。 \n４、 主催\nＮＰＯ日中独創メディア、日中の未来を考える会北京支部、在中国日本大使館 \n６．言語\n日中二か国語 \n７．式次第\n１３：３０　開場\n１４：００　開会\n日本大使館あいさつ\nＮＰＯ日中独創メディア代表あいさつ\n１４：１５　塩谷外司氏講演（１時間）\n１５：１５　高華彬氏講演（20分間）\n１５：３５　休憩（10分間）\n１５：４５　質疑応答及びフリーディスカッション（70分間）\n１７：００　閉会 \n当日入館のため、身分証あるいはパスポートを必ずご持参下さい。\n参加希望の方は、3月27日(日曜)深夜までに以下のフォームにお申し込み下さい。\nまた、席には限りがあるため、先着順で席が埋まり次第、締め切らせていただきます。\nあらかじめご了承ください。お早めにお申し込みください。 \nhttps://legacy.creativesurvey.com/reply/ae3033cc08a3512c8108ea3f28d185
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SUMMARY:北京でパンダ表象を読む2＠北京日本人学術交流会
DESCRIPTION:第213回北京日本人学術交流会\nテーマ：「北京でパンダ表象を読む2」(日中文化交流カフェ) \n要旨\n　1972年に日中国交正常化が行われた。そのとき中国は、日本にパンダを贈った。\n多くの日本人にとってパンダが、日中友好の象徴とおもわれたのはそのためであった。\nその当時、日本では、パンダブームがおこり、パンダに関する映像なども数多く製作されていた。\nその当時、日本ではパンダは、どのようにとらえられていたのだろうか。\nそのことを当時の実際のパンダの映像をみながら考える試みである。\nすでにこの試みは、2013年9月の第99回北京日本人学術交流会で行われたことがあるが、さらにその続編がおこなわれる。 \n◎日時：2016年3月27日(日曜)午後3時開場、3時半開始映像鑑賞、解説、質疑応答含めて午後8時ごろ終了予定。\n◎場所：亮馬橋幸福ビル中華料理店京味菜の一室(くわしくは申し込んでくれた方にお知らせします。)\n◎司会：山口直樹(北京日本人学術交流会代表)\n◎テーマ：日中文化交流カフェ「北京でパンダ表象を読む２」\n◎参加費：運営費、資料代など\n飲み物(ビールやソフトドリンク)や中華料理が用意されます。社会人(企業派遣留学生含む)：200元、留学生、学生：100元(運営費、資料代、食事代など)\n◎言語：主に日本語(部分的に中国語)\n参加希望の方は、3月25日(金曜)深夜までにお申し込みください。
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SUMMARY:日本語を掘り下げると@日本人学術交流会
DESCRIPTION:◎第212回北京日本人学術交流会\n◎テーマ：「日本語を掘り下げると」\n◎要旨：言葉は人の習慣や文化と切り離せないほど強い関係で結ばれています。日本語は私の母語です。母語だから使えるのは当然のことですが、母語を知っているかと問われると、これはイエスとは言えないでしょう。なぜなら、外国人の質問になかなかきちんと説明できないことに気付かされるからです。\n　英語や中国語と付き合ってみると、日本語の特徴がより鮮明に見えてきます。「は」と「が」の違い、助詞と英語の前置詞、語順の自由さ、などはその一端です。受身表現や自発表現がたくさん使われることもその例です。\n　また、日本語の会話には、特に「聞き手志向」が顕著です。「相手本位」といったほうがわかりやすい。この底に流れるものが、例えば、原因理由を表す接続助詞「～から」と「～ので」の違いにも表れています。これは、顧客に目を向けた志向にも、実は表れています。茶道のような文化にも表れています。ビジネスの会話にも表れています。\n　日本の習慣や文化は日本語を掘り下げると見えてくるものがあります。それらを問題提起し、討論しながら一緒に考えられればと思っています。  \n◎講師：松下和幸氏　(北京科技大学)\n(略歴)\n団塊の世代。入試中止となる大学闘争／学園紛争という大学時代を送る。卒業後、出版社編集勤務を経て、神奈川県高校国語教師となる。その時に、教育委員会から中国の北京第二外国語学院に派遣される。それが言語学を学ぶ契機となり、日本に戻ってから数年後、オーストラリアに渡り学び、応用日本語学で修士号、言語学で博士号取得。オーストラリア国立大学で非常勤講師。再び中国へやってきて、湖北民族学院、北京語言大学、そして北京科技大学で教鞭をとる。妻との共著『日語会話教程　発信できる日本語１』『日語会話教程　発信できる日本語２』（中国外語教学与研究出版社）『オーストラリア晩学事始』（2007）。「わかって話す日本語」（仮名）の基礎編及び初級編が近く刊行予定。\n◎日時：2016年3月20日(日曜)午後2時半開場、午後3時開始、報告質疑応答ふくめて午後8時ごろまで。\n◎場所：亮馬橋幸福ビルB座一階中華料理店京味菜の一室(詳細は、申し込んでくださった方にお知らせします。)\n◎参加費：飲み物(ビールやソフトドリンク)や中華料理が用意されます。社会人(企業派遣留学生含む)200元、留学生、学生100元\n◎言語：主に日本語
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SUMMARY:北京で考える「朝河貫一と福島原発事故」（第211回北京日本人学術交流会）
DESCRIPTION:みなさん\nお世話になっています。\n山口直樹＠北京日本人学術交流会です。 \n　第211回北京日本人学術交流会においては、福島第一原発の事故から五年となる時期になることを考え、それに関連した企画「北京で考える朝河貫一と福島原発事故」を行います。 \n2014年に武田徹ほか著『100年前からの警告―福島原発事故と朝河貫一』(花伝社、2014)という本がでました。\nこの本は、2011年3月11日の東京電力福島第一原発を受け、2012年7月5日に「東京電力福島原子力発電所事故調査員会」(国会事故調、黒川清委員長)の報告書が出されています。\n本書によれば、黒川清委員長は、冒頭の談話で以下のように述べているといいます。 \n「100年ほど前にある警告が、福島が生んだ偉人、朝河貫一によってなされていた。朝河は、日露戦争に勝利した後の日本国家のありように警告を鳴らす書『日本の禍機』をあらわし、日露戦争後に「変われなかった」日本が、すすんでいくであろう道を正確に予測していた。「変われなかった」ことで、起きてしまった今回の大事故に日本は今後どう対応し、どう変わっていくのか。これを世界は、厳しく注視している。」\n　ここに登場している朝河貫一は、1873年福島県二本松市に生まれ、福島県尋常中学、東京専門学校(早稲田大学)アメリカ、ダートマス大学、イエール大学、イエール大学大学院へとすすんだ人です。日露戦争に勝ち、世界の大国気取りをしはじめた日本に警鐘をならし、アメリカで日本史研究を行いました。朝河貫一の日本研究とはどのようなものでどのような人物であったのかを考え、そのことをとおして日本社会をそして原発事故の背景などを考えます。\nまた、朝河氏は1942年のウィルコックス宛書簡の中で以下のように述べているといいます。\n「科学は、人間が創り出したものであるが、人類の知性は、まだそれをコントロールできないフランケンシュタインのモンスターである。しかしながら、幸いなことに、科学は人間を圧倒するほどにはなっていない。おそらくそれはまだ緒についたばかりであり今こそ科学についてよく考え、対処すべき時である。、、、」\nこれは、朝河氏の科学観を示す興味深い記述といえますが、2011年の原発事故は、朝河氏の予想を超えたしまったことをも示していると思われます。\nこうした科学観をてがかりにして現代科学における原子力に関するリスク管理やリスクコミュニケーションの問題を考えます。 \nご関心ある方は、以下のフォームから3月11日(金曜)深夜までにお申込みください。 \nhttps://legacy.creativesurvey.com/reply/4606b07ff3c067798719ffb6bcf212 \nどうぞよろしくお願いいたします。 \n◎第211回北京日本人学術交流会のお知らせ\n◎日時；2016年3月13日(日曜)午後3時から報告質疑応答ふくめて午後8時ごろまで。\n◎場所；亮馬橋幸福ビル中華料理店京味菜の一室(くわしくは申し込んでくれた方にお知らせします。)\n◎テーマ；「北京で考える「朝河貫一と福島原発事故」」\n◎報告者；山口直樹氏(北京日本人学術交流会代表)\n◎参加費\n運営費、資料代など\n飲み物(ビールやソフトドリンク)や中華料理が用意されます。社会人(企業派遣留学生含む)200元；留学生、学生；100元(運営費、資料代、食事代など)\n◎言語；主に日本語(ときに中国語) \n(要旨) \n2014年に武田徹ほか著『100年前からの警告―福島原発事故と朝河貫一』(花伝社、2014)という出版された。\nこの本では、2011年3月11日の東京電力福島第一原発を受け、2012年7月5日に「東京電力福島原子力発電所事故調査員会」(国会事故調、黒川清委員長)の報告書が出されていることが紹介されている。\n本書によれば、黒川清委員長は、冒頭の談話で以下のように述べているという。 \n「100年ほど前にある警告が、福島が生んだ偉人、朝河貫一によってなされていた。朝河は、日露戦争に勝利した後の日本国家のありように警告を鳴らす書『日本の禍機』をあらわし、日露戦争後に「変われなかった」日本が、すすんでいくであろう道を正確に予測していた。「変われなかった」ことで、起きてしまった今回の大事故に日本は今後どう対応し、どう変わっていくのか。これを世界は、厳しく注視している。」\n　ここに登場している朝河貫一は、1873年福島県二本松市に生まれ、福島県尋常中学、東京専門学校(早稲田大学)アメリカ、ダートマス大学、イエール大学、イエール大学大学院へとすすんだ人である。日露戦争に勝ち、世界の大国気取りをしはじめた当時の日本に警鐘をならし、アメリカで日本史研究を行っていた。朝河貫一の日本研究とはどのようなものでどのような人物であったのかを考え、そのことをとおして日本社会をそして原発事故の背景などを考える。\nまた、朝河氏は1942年のウィルコックス宛書簡の中で以下のように述べているという。 \n「科学は、人間が創り出したものであるが、人類の知性は、まだそれをコントロールできないフランケンシュタインのモンスターである。しかしながら、幸いなことに、科学は人間を圧倒するほどにはなっていない。おそらくそれはまだ緒についたばかりであり今こそ科学についてよく考え、対処すべき時である。、、、」\nこれは、朝河氏の科学観を示す興味深い記述といえるが、2011年の原発事故は、朝河氏の予想を超えたしまったことをも示していると思われる。\nさらに、こうしたなか朝河貫一の科学観をてがかりにして現代科学における原子力に関するリスク管理やリスクコミュニケーションの問題を考えて共同討論を行う。
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SUMMARY:日中歴史カフェ（第210回北京日本人学術交流会）
DESCRIPTION:第210回北京日本人学術交流会においては、「第五福竜丸のビキニ被曝についての日中における記憶の差異とマーシャル諸島島民の現在」というテーマで日中歴史カフェが行われます。映像を交えて日中の歴史などを考えていくカフェで最初から必ずしも専門的な知識が、必要なわけではありません。 \n2016年3月1日は、62回目のビキニデーです。\n1954年3月1日、日本のマグロ漁船、第五福竜丸が、アメリカの水爆実験によってビキニ環礁で被曝して62年がたとうとしています。\nその記憶は、日本では忘却がすすんでいるものの、まだ保持はされています。\n一方、中国ではその記憶は、ほぼ消滅している状況です。\nまた、日本で第五福竜丸に注意した人は、いましたが、アメリカの水爆実験の実験場になったマーシャル諸島の人たちに注意を払った人は、非常に少なかったといえます。\n日中での第五福竜丸の記憶の違いを考えるとともに、水爆実験の実験場となったマーシャル諸島の人々の現在も考えます。\nご関心ある方はご参加いただければ、幸いです。 \n2016年3月4日(金曜)までに以下のフォームにおいただければ幸いです。 \nhttps://legacy.creativesurvey.com/reply/4098064c17c433903c3db8b3ed1e7a \nどうぞよろしくお願いします。 \n◎第210回北京日本人学術交流会\n◎日時；2016年3月6日(日曜)午後3時開場、3時半開始報告、質疑応答含めて午後8時ごろ終了予定。\n◎場所；亮馬橋幸福ビル中華料理店京味菜の一室(くわしくは申し込んでくれた方にお知らせします。)\n◎報告者；山口直樹氏(北京日本人学術交流会代表)\n◎テーマ；日中歴史カフェ「第五福竜丸のビキニ被曝についての日中における記憶の差異とマーシャル諸島島民の現在」\n◎参加費；運営費、資料代など\n飲み物(ビールやソフトドリンク)や中華料理が用意されます。社会人(企業派遣留学生含む)200元；留学生、学生；100元(運営費、資料代、食事代など)\n◎言語；主に日本語(部分的に中国語) \n(要旨)\n2016年3月1日は、62回目のビキニデーである。\n1954年3月1日に日本のマグロ漁船、第五福竜丸が、アメリカの水爆実験によってビキニ環礁で被曝して62年がたとうとしている。\nその記憶は、日本では忘却がすすんでいるものの、まだ保持はされており完全に忘却されているわけではない。\n一方、中国ではその記憶は、ほぼ消滅している状況であり、研究者レベルの人でもこの出来事を知らないという状況が生じている。\nまた、日本で第五福竜丸に注意した人は、いたが、アメリカの水爆実験の実験場になったマーシャル諸島の人たちに注意を払った人は、非常に少なかったし、またマーシャル諸島と日本が歴史的にどういう関係にあるかを考えた人も非常に少なかった。\nここでは、日中での第五福竜丸のビキニ被曝の記憶の違いを考えるとともに、日本とマーシャル諸島の歴史的な関係を探り、水爆実験の実験場となったマーシャル諸島の人々の現在も考える。\n関心ある方はご参加いただければ、幸いである。
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SUMMARY:仏教音楽について考える会
DESCRIPTION:第209回北京日本人学術交流会では、日本学術振興会特別研究員として北京に滞在し、中央音楽学院などで仏教音楽の研究をされている新堀歓乃氏に「近現代の日中両国にみる「仏教音楽」の成立と展開——伝統文化の保存・継承・変容を考える」というテーマでお話しいただきます。「仏教音楽」とはなんであり、どのように成立し、展開してきたのか。それを日中両国について比較して報告いただく予定です。\n新堀氏は、『近代仏教教団とご詠歌』(勉誠出版2013年)という本も出版されていますが、参加者は、普段なかなか聞くことのできない豊饒な仏教音楽の世界をかいまみることができるでしょう。ご関心のある方は2月25日(木曜)深夜までに以下の申込フォームまでお申し込みください。\n\nhttps://legacy.creativesurvey.com/reply/53a4fc180186960b55a6e95ef2ba9e  \n◎第209回北京日本人学術交流会\n◎日時:2016年2月27日(土曜)午後2時半開場、3時開始報告、質疑応答含めて午後8時ごろ終了予定。\n◎場所:亮馬橋幸福ビル中華料理店京味菜の一室(くわしくは申し込んでくれた方にお知らせします。)\n◎報告者:新堀歓乃氏(日本学術振興会)\n◎テーマ:近現代の日中両国にみる「仏教音楽」の成立と展開——伝統文化の保存・継承・変容を考える\n◎参加費:運営費、資料代など\n飲み物(ビールやソフトドリンク)や中華料理が用意されます。社会人(企業派遣留学生含む)200元；留学生、学生；100元(運営費、資料代、食事代など)\n◎言語；主に日本語(部分的に中国語)  \n【要旨】\n「仏教音楽」というと「寺院に音楽があるのか」と疑問に思われる方も多いかもしれないが、日中両国を含めた仏教を伝える諸国では、仏教の儀式や仏教的な習俗のなかに実に豊かな音の文化が広がっている。このような仏教に関わる音文化はいつ、いかにして「仏教音楽」と呼ばれるようになったのか。本報告では、日中両国の「仏教音楽」という概念が成立した過程を比較することを通じて、日中両国の宗教を取り巻く社会的背景の違い、伝統文化の保存継承に対する政策の違いを考える。\n日本では、声明（しょうみょう）という僧侶が仏教儀礼で唱える声楽のほか、僧侶以外の信者が葬儀や巡礼などで唱えるご詠歌など、仏教に関わる様々な音文化を「仏教音楽」と総称する。ただし、こうした音文化を日本音楽の一種目と捉えるようになったのは、近代以降のことである。20世紀初頭に音楽学者が声明の研究を始めると、声明を日本音楽の一種目とみなす音楽観が定着していった。そして、戦後の1960年代になると、たとえば、祈りの対象として寺院で祀っていた仏像を美術品として博物館で展示し始めたように、祈りの行為として唱えていた声明が劇場等で鑑賞される「仏教音楽」となった。\n一方、中国では「仏教音楽」を、仏教の伝播した経路によって漢伝・南伝・蔵伝の三種類に分けることが一般的である。1950年代に音楽学者が漢伝仏教寺院に伝わる音楽を「発見」すると、その音楽は中国文化の「生きた化石」として評されるようになった。そして、1980年代に仏教音楽団が結成されると、「仏教音楽」は国内外の音楽ホールで上演され始め、寺院という閉じた空間から一般社会へと公開されるに至った。\n日中両国の「仏教音楽」が市民権を得ることができたのは、音楽学者がそれを自国の伝統音楽とみなして研究を始めたことに契機がある。また、音楽学者が仏教音楽の舞台化を後押しした点も両国に共通する。ただし、たとえば舞台化による仏教音楽の変容を両国間で比較してみると、音楽の伝統に向き合う伝承者・研究者の姿勢や、伝統文化の保存継承に対する国家の政策の違いが理解できる。\nこんにち、ユネスコ無形文化遺産への登録など、音楽を含めた伝統芸能の保存継承に関する議論が高まるなか、古い様式の保持に固執するあまり生きた伝統のダイナミズムを抑制してしまうことに警鐘を鳴らす日本の研究者がいる一方、中国では革新的な変容のなかで古い様式が失われていくことを嘆く声もよく聞かれる。本報告では、仏教音楽を題材に映像資料も参考にしながら、フロアの皆さんと伝統文化の今後を問い直す議論を交わすことができれば幸いである。
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SUMMARY:満鉄中央試験所の歴史を考える会
DESCRIPTION:第208回北京日本人学術交流会においては、学術交流会代表の山口によって満鉄(南満州鉄道株式会社)のなかにあった科学研究所である満鉄中央試験所についての歴史が、これまでの空白部分も含め一次資料に基づいて報告されます。これまで満鉄調査部については、かなりの関心を集めてきましたが、試験研究機関である満鉄中央試験所については、まだ謎も多いですので貴重な機会となるかと思います。「満洲」の化学工業史を理解するのには、この研究所の歴史の理解が、不可欠といえます。経済史の分野でも研究が進みつつありますが、植民地科学史の視点から、満鉄中央試験所について考える試みを行います。\n関心のある方は、ご参加いただければ幸いです。  \n参加を希望される方は以下のフォームに1月29日(金曜)深夜までにお申し込みください。  \nhttps://legacy.creativesurvey.com/reply/84618d628d8f119376f05f28c1c7e9  \nよろしくお願いいたします。  \n◎第208回北京日本人学術交流会\n◎日時；2016年1月31日(日曜)午後2時半開場午後3時開始、報告、質疑応答含めて\n午後8時ごろ終了予定。\n◎場所；亮馬橋幸福ビルB座一階、中華料理店、京味菜の一室。\n◎テーマ；「満鉄中央試験所の歴史を考える」\n◎報告者；山口直樹氏(北京日本人学術交流会代表)\n◎参加費\n飲み物(ビールやソフトドリンク)や中華料理が用意されます。社会人(企業派遣留学生含む)200元；留学生、学生；100元(運営費、資料代、食事代など)\n◎言語；主に日本語(部分的に中国語)  \n(要旨)\n満鉄中央試験所は、1907年、関東都督府中央試験所として成立し、その後、1910年に満鉄の中に移管され満鉄中央試験所となった。\n当初は、衛生や生物関連の研究を行う小規模な試験研究機関だったが、何度かの組織改革を繰り返し、やがて東アジア最大規模の研究開発機関となる。\nとりわけ「満洲」の化学工業史を考えるときその歴史の理解なくして、考えることができないというほどに重要な研究機関である。\n先行研究としては、先駆的になされたもの(杉田望著『満鉄中央試験所』(1990講談社))が存在し、経済史の分野(峰毅氏『中国に継承された「満州国」の産業-化学工業を中心に見た継承の実態』(御茶ノ水書房2009)など)からも光があてられてきている。また当事者たちの回想も存在する。中国側からの研究(梁波≪技術与帝国主義≫(2005))に加え、当時の一次資料に依拠しつつ植民地科学史の視点からその歴史を考察することを試みる。日中の科学技術交流を考えるときにも重要なケーススタディであるといえるが、まだ十分に満鉄中央試験所の歴史は知られているとは言い難い。日中関係に関心を持つ多くの人々と有意義な共同討論ができれば、幸いである。\n報告は以下のような内容で行われる予定である。  \nはじめに\n1、 満鉄中央試験所の成立  \n2、 満鉄中央試験所の初期設立理念  \n3、 「満洲」における研究・教育機関における満鉄中央試験所の位置づけ  \n4、満鉄中央試験所初代所長、慶松勝左衛門の中国観\n5、「満洲」における試験研究機関の予算構造―満鉄中央試験所の位置づけ\n6、大調査部構想のなかの満鉄中央試験所\n7、満鉄中央試験所、最後の所長、丸沢常哉\n8、満鉄中央試験所は、いかにして大連化学物理研究所となっていったか\nおわりに―満鉄中央試験所の歴史が教えること\n(以上)
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LOCATION:京味菜\, 北京市朝阳区东三环北路3号\, China
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