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SUMMARY:想定外に変化した中国と日本企業の対応@北京日本人学術交流会
DESCRIPTION:第229回北京日本人学術交流会では、清華大学野村総研中国研究センター(ＴＮＣ)\n  理事・副センター長の松野豊さんに「想定外に変化した中国と日本企業の対応」というテーマでお話しいただきます。\n松野豊さんは、2002年、野村総研（上海）諮詢有限公司設立、総経理を経て07年からは清華大学・野村総研総合研究センターの日本側代表をされています。\n松野さんは、清華大学で主に政策にかかわる中国の研究者を招き小討論会を開催するという貴重な活動をされています。\n今回、最新の中国の動向を踏まえたうえで現地のコンサルタントとして、日系企業の新戦略を考える1冊『2020年の中国―「新常態」がもたらす変化と事業機会』（東洋経済新報2016）を共著で出されました。 \nこの本の詳細に関しては以下で見ることができます。 \n \nこの本を書く前提となった中国の「想定外の変化」をまずはなしていただき、それから\n本で書かれている中国での「今後の日本企業の対応」について提言をしていただきます。\n質疑応答もたっぷりと時間をとって行う予定です。大変、貴重な機会となるかと思います。\nご関心のある方は、ご参加いただければ幸いです。 \n7月8日（金曜）深夜までに以下のフォームにお申し込み下さい。 \nhttps://legacy.creativesurvey.com/reply/5ef1b131e3296660c968b84a01fe4a \n皆さんのご参加を心よりお待ちしています。\nどうぞよろしくお願いいたします。 \n◎第229回北京日本人学術交流会\n◎テーマ：「想定外に変化した中国と日本企業の対応」\n要旨：\n2000年頃に現在の中国を予測した本があります。\nこれを見ると、中国はいくつかの想定外の形で発展してきています。\n我々は、近未来の中国とどうビジネスをしていけばよいのでしょうか？\n「新常態化」し「習近平改革」に邁進する中国の経済・社会を展望\nしつつ、日本企業がどのようなビジネスチャンスを見出していける\nのかについてお話をしたいと思います。 \n◎日時：2016年7月10日（日曜）午後3時開場、午後3時半開始、報告、質疑応答含め午後7時半か午後8時ごろに終了予定。 \n◎場所：亮馬橋幸福ビルB座1階中華料理店、京味菜の一室。（くわしくは申し込んでいただいた方にお知らせします。）\n◎講師：松野豊氏（清華大学野村総研中国研究センター(ＴＮＣ)\n  理事・副センター長）\n◎参加費：社会人（企業派遣留学生含む）200元、学生100元\n多くの飲み物と中華料理が用意されます。\n◎言語：主に日本語
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SUMMARY:日中歴史カフェ@北京日本人学術交流会
DESCRIPTION:第228回北京日本人学術交流会では、日中歴史カフェとして1938年に上海で撮影された“事変”に関するドキュメンタリーなどを見て当時の日中関係や現在の日中関係について考えます。貴重な映像によって北京で当時の上海を考える試みです。 \nご関心のある方は、ご参加いただければ、幸いです。 \n参加を希望される方は、以下のフォームに7月1日（金曜）までにお申し込み下さい。\nよろしくお願いいたします。 \nhttps://legacy.creativesurvey.com/reply/04f9b763018316731b54100d25327a \n以下の要領で行われます。\n皆さんのご参加を心よりお待ちしています。 \n◎第228回北京日本人学術交流会\n◎テーマ「日中歴史カフェ―ドキュメンタリーを通して北京で上海を考える」\n◎要旨\n1938年は、日中戦争の翌年にあたる年である。この年、上海を舞台にドキュメンタリー映像が撮られていた。撮影したのは、「戦う兵隊」などで知られるドキュメンタリストの\n亀井文夫であった。ロシアでドキュメンタリー制作を学んだ亀井氏は、上海でどのような作品を撮影していたのか。じっくりと鑑賞し背景にある満州事変や上海事変なども掘り下げながら、日中で有意義な討論ができれば幸いである。 \n◎日時：2016年7月3日（日曜）午後3時開場午後3時半から上映、質疑応答や食事などふくめて午後7時半から8時ごろ終了予定。\n◎場所；亮馬橋幸福ビルB座一階京味菜の一室（くわしくは申し込んでいただいた方にお知らせします。）\n◎司会：山口直樹（北京日本人学術交流会代表）\n◎参加費：社会人（企業派遣留学生含む）200元、学生100元\n多くの飲み物と中華料理が用意されます。\n◎言語：主に日本語
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SUMMARY:中国・国家統治の強靭性と脆弱性＠北京日本人学術交流会
DESCRIPTION:第227回北京日本人学術交流会においては、北京大学政府管理学院副教授の白智立先生に\n「中国・国家統治の強靭性と脆弱性」というテーマでお話しいただき、参加者の間で共同討論が行われる予定です。 \n　白智立先生は、日本の法政大学に留学され、学位を取得された後、長い間、北京大学で中国の行政改革、公共政策の動向を研究されてこられている方です。\n習近平の政治改革で国家統治が、どう変化していくのかは、中国人のみならず、日本人にとっても関心が集まるテーマでしょう。習近平政権の最重要課題として「国家治理（ガバナンス）の近代化」が掲げられていますが、中国社会においてまだ十分実現しているとはいえないといわれる法治は、はたして実現できるのかといったテーマをご専門の政治学から深く掘り下げてお話しいただく予定です。貴重な機会となるかと思います。\nこのテーマにご関心がある方は、6月24日（金曜）深夜までに以下のフォームにお申し込みください。 \nhttps://legacy.creativesurvey.com/reply/8a6a7c236e7b22b5bfd1116ad1a1de  \n皆さんのご参加を心よりお待ちしています。\nどうぞよろしくお願いいたします。 \n◎第227回北京日本人学術交流会\n◎日時：2016年6月26日（日曜）午後3時開場、午後3時半から\n◎場所；亮馬橋幸福ビルB座一階京味菜の一室（くわしくは申し込んでいただいた方にお知らせします。）\n◎講師：白智立氏（北京大学政府管理学院副教授）\n◎テーマ：中国・国家統治の強靭性と脆弱性\n◎参加費：社会人（企業派遣留学生含む）200元、学生100元\n多くの飲み物と中華料理が用意されます。\n◎言語：主に日本語 \n（要旨）\n習近平政権による政治改革で中国の国家統治はどう変化していくだろうか。\nそのことを以下のような手順で具体的に考えていくこととしたい。\n参加者のみなさんと有意義な共同討論ができれば、幸いである。 \n一、中国・国家統治・政治の不在\n二、中国・国家統治の強靭性\n三、中国・国家統治の脆弱性\n四、中国・国家統治の課題と未来
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SUMMARY:李香蘭の世界＠北京日本人学術交流会
DESCRIPTION:第226回北京日本人学術交流会においては、ドキュメンタリー映像『李香蘭の世界』を撮った映画監督、陳玫君氏をゲストに迎え、映像を上映後、陳監督に話していただき共同討論するという試みです。 \n北京日本人学術交流会では、第143回で「李香蘭の生涯を考える」というテーマで追悼企画を行ったことがあります。このときは、満映時代の映像を見て共同討論を行いました。 \n今回扱う陳玫君氏の『李香蘭の世界』は、李香蘭はもちろんのこと、彼女の友人で台湾に生まれ\n日本で教育を受け上海で作家と映画監督をやっていた劉吶鷗氏を対比的に取り上げているといいます。劉吶鷗氏については、あまり一般には知られていませんが、どのような人物だったのでしょうか。このドキュメンタリーで描かれた劉吶鷗氏をとおして李香蘭のどのような新たな側面が見えてくるでしょうか。このドキュメンタリーでは、満映時代の映像はもちろん日本、台湾、中国、アメリカの貴重な映像が盛り込まれているといいます。\n関心のある方には、得るところ大かと思います。\nまた、中国国際女性映画祭などを開催している李丹氏もゲストでお迎えする予定です。 \nご関心のある方は、6月20日（月曜）深夜までに以下のフォームに\nお申し込み下さい。 \nhttps://legacy.creativesurvey.com/reply/bae2fdae46ebbebb2b4cb3c4c2a685  \nなお、開催は、いつもの週末と違い平日の6月22日（水曜）の夕方6時から午後9時半ごろですのでご注意下さい。 \nどうぞよろしくお願いいたします。 \n◎第226回北京日本人学術交流会\n◎日時：2016年6月22日（水曜）午後6時開場、午後6時半開始、60分ほど『李香蘭の世界』上映、陳玫君監督の講演、食事をしながらの質疑応答を含め午後9時半ごろ終了予定。\nドキュメンタリ―映像は、英語と中国語。\n◎場所：亮馬橋幸福ビルB座1階、中華料理店京味菜の一室。\n◎講師：陳玫君氏（映画監督）\n◎参加費：社会人（企業派遣留学生含む）200元、学生100元\n多くの飲み物と中華料理が用意されます。\n◎言語：中国語と日本語（通訳が付く予定） \n◎要旨 \n李香蘭（本名、山口淑子）は二十世紀が生んだ満洲の日本人である。\n第二次世界大戦期の東アジアのスターとなった。当時、李香蘭が演じていたのは、日本人の青年を好きになる中国人女性の役柄であった。\n当時、李香蘭が、日本人だということを知っている人は、ごく少数であった。\n陳玫君氏の『李香蘭の世界』は、李香蘭はもちろんのこと、彼女の友人で台湾に生まれ\n日本で教育を受け上海で作家と映画監督をやっていた劉吶鷗氏を対比的に取り上げているという。劉吶鷗氏については、あまり一般には知られていませんが、どのような人物だったのでしょうか。このドキュメンタリーで描かれた劉吶鷗氏をとおして李香蘭のどのような新たな側面が見えてくるでしょうか。このドキュメンタリーでは、満映時代の映像はもちろん日本、台湾、中国、アメリカの貴重な映像が盛り込まれているというが、映画監督の陳玫君氏にこのドキュメンタリーについて話していただき共同討論を行う。 \n李香蘭，本名山口淑子，是二十世紀初出生在滿洲的日本人。經由靈巧的身分轉換，成為二次大戰期間風靡東亞地區的明星。她美麗而擅歌，說著一口漂亮的京片子，很少人知道她的日本人身份，因此成為日本國策電影的最佳工具。她所飾演的，多是愛上日本青年的中國女孩。由於歷史的因緣與電影的魔力，年輕的李香蘭被塑造成一個虛擬的超級偶像，具有謎樣的多重身分。 \n另一位具有多重身份的人士就沒有那麼風光了。李香蘭的友人 —\n劉吶鷗。他是台灣的富家子弟，在日本受教育，在上海成為作家與電影家。為了追求他對藝術的理想，劉吶鷗先與中國人合作，又與日本人合作，因為他沒有自己的國家。結果不獲中日任何一方的信任，最後慘遭暗殺。 \n為了重塑這段重要而幾乎被遺忘的往事，紀錄片導演陳玫君運用了大量珍貴而罕見的老電影片段，包括滿映，日本，台灣，中國與美國的劇情片與紀錄片，試圖將那個過去的世界重現給觀眾。 \n《李香蘭的世界》呈現出一半虛擬，一半真實的世界。在其中，日本軍閥以現代化及反西方殖民為名，進駐亞洲各國，同時卻殺戮無數；一位日本少女成為中國的巨星，結果身份曝光，最後卻以劇情片中才有的奇蹟式轉折獲救；一個來自日本殖民下的台灣年輕人，追求著電影夢，卻死於非命。劉吶鷗的悲劇與李香蘭的傳奇成為嚴峻的對比，因為歷史的造弄，台灣的子民，到今天還在努力找尋自己的定位。而李香蘭原唱的「夜來香」與「何日君再來」等經典歌曲，卻仍流傳於大街小巷，永遠動人心弦。
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SUMMARY:日中歴史カフェ＠北京日本人学術交流会
DESCRIPTION:第225回北京日本人学術交流会においては、日中歴史カフェ「戦後日本71年目のオバマの広島訪問とアメリカの日本への原爆投下―在中日本人の視角から」を行います。\n周知のように5月27日にオバマ大統領が、アメリカ大統領としては戦後71年目にはじめての広島訪問を行いました。 \n広島に注目が集まるなか、あらためてアジアとの関係をふくめ在中日本人が、この問題を考えます。東京大学名誉教授で中国科学院の研究員である空閑重則先生をゲストコメンテーターに迎えこの問題を共同討論します。\nご関心のある方はご参加いただければ、幸いです。 \n6月17日（金曜）深夜までに以下のフォームにお申し込みください。 \nhttps://legacy.creativesurvey.com/reply/3b1ecb3abaeffcb0d06c14fe01755f  \nどうぞよろしくお願いいたします。 \n◎第225回北京日本人学術交流会のお知らせ\n◎「戦後日本71年目のオバマの広島訪問とアメリカの日本への原爆投下―在中日本人の視角から」\n（要旨）\n2016年5月27日、オバマ大統領は、アメリカの大統領としてはじめて広島を訪問した。\nアメリカでは原爆投下が戦争を早く終結させたという教育が公教育でなされているなか\n行われた訪問であることは、一定の意味を持つと考えられる。\n北京日本人学術交流会の日中歴史カフェでは、アメリカの日本への原爆投下への意味を問うドキュメント映像を共有し、オバマ大統領の広島訪問の意味を共同討論します。\nゲストコメンテーターには、東京大学名誉教授で中国科学院研究員の空閑重則先生を\nお迎えする予定である。また、通常ではあまり光の当てられることのないアジアから見た広島という点も視野に入れながら共同討論を行う予定である。\nご関心がある方は、ご参加いただければ、幸いである。\n◎日時：2016年6月19日（日曜）午後3時開場、午後3時半開始、\n報告、質疑応答を含め午後8時ごろ終了予定。\n◎場所：亮馬橋幸福ビルB座一階中華料理店京味菜の一室（くわしくは申し込んでいただいた方にお知らせします。）\n◎司会：山口直樹（北京日本人学術交流会代表）\n◎ゲストコメンテーター：空閑重則氏（東京大学名誉教授、中国科学院研究員）\n◎参加費：運営費、資料代、食事代など\n飲み物や中華料理が用意されます。社会人（企業派遣留学生含む）：200元、学生100元\n◎言語：主に日本語（時に中国語）
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SUMMARY:日中共同制作ドキュメンタリー制作の背景に迫る＠北京日本人学術交流会
DESCRIPTION:◎第224回北京日本人学術交流会\n◎テーマ「日中共同制作ドキュメンタリー制作の背景に迫る」 \n（要旨）\n[1]日中共同制作今昔\n1991年11月18日午後9時、日本のTBSと中国CCTVで同時に放送された『萬里の長城』（中国側『望長城』）は大きな成功をおさめた。特に、CCTVの『望長城』は当時の中国では画期的なドキュメンタリーとして高い評価を得て、中国のドキュメンタリーの教科書には必ず載っている。当時の民放では画期的な共同制作も実は空港での立ち話から始まった。その当事者として1986年の交渉開始から放送に至る5年間をたどり、今にも通じる日中両国の共同制作について考える。 \n[2]TBS『世界遺産』が20年続いたわけ\nTBSで現在放送中の『世界遺産』は1996年4月に放送が始まってから今年で満20年を超える長寿番組。『世界遺産』の立ち上げから8年間ディレクター・プロデューサーをつとめた。番組草創期を振り返り、20年続く長寿番組になった秘訣を明かす。 \n[3]その他、いろいろ今日のメディアについてなど。\n◎日時：2016年6月11日（土曜日）午後3時開場、午後3時半開始、\n報告、質疑応答を含め午後8時ごろ終了予定。\n◎場所：亮馬橋幸福ビルB座一階中華料理店京味菜の一室（くわしくは申し込んでいただいた方にお知らせします。）\n◎講師：大野清司氏（元TBS、中国国際放送勤務） \n略歴：大野清司（おおのきよし）\n1949年日本東京生まれ。19974年～2004年、TBSビジョン勤務。主に海外取材番組のディレクター・プロデューサーとして50以上の国・地域で取材。特に、中国は100回以上訪問、様々な番組を制作してきた。2004年退社後すぐ北京に移住。大学日本語教師、国際放送勤務を経て、現在フリー。主な担当番組、『美をもとめて』『世界の子どもたち』『遥かなるアンコールワット』『世界めぐり愛』『敦煌の兄妹』『萬里の長城』『日本海大紀行』『世界遺産』『大アフリカ』。中国に移住してからは『中国麺ロードを行く』『体験北京』『アフガン秘宝の半世紀』などがある。\n◎参加費：運営費、資料代、食事代など\n飲み物や中華料理が用意されます。社会人（企業派遣留学生含む）：200元、学生100元\n◎言語：主に日本語（時に中国語）\n第224回北京日本人学術交流会においては、TBSでディレクター・プロデューサーを務められた大野清司氏に日本のTBSと中国CCTVで同時に放送された『萬里の長城』（中国側『望長城』）や『世界遺産』など制作の背景をかかわった当事者としてお話しいただきます。\n中国訪問100回以上で中国国際放送にも勤務されていた大野氏からここでしかうかがえない貴重なお話がうかがえるものと思います。みなさんのご参加を心よりお待ちしています。\n参加を希望される方は、6月9日（木曜）深夜までに以下のフォームにお申し込みください。 \nhttps://legacy.creativesurvey.com/reply/37f157bbecb15a88fc7f0dc39634e9  \nよろしくお願いいたします。
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SUMMARY:中国と南アフリカ＠北京日本人学術交流会
DESCRIPTION:◎第223回北京日本人学術交流会\n◎テーマ：「中国と南アフリカ」\n◎要旨\n近年、中国はアフリカ諸国との関係を強めていることはよく知られている。\nアフリカといっても広大だが、ここではとりわけ南アフリカ共和国をとりあげる。\n南アフリカは、19世紀にイギリスの植民地であるケープ植民地となって以降、多くの白人が、移り住んだ。英語を解さないオランダ系白人はボーア人として二等国民扱いされ、差別され自らをアフリカーナと呼ぶようになった。イギリスとの対立から第一次ボーア戦争ではアフリカーナが勝利したが、第二次ボーア戦争（1899年―1902年）では、イギリスが勝利し、全土はイギリスの手に落ちた。1910年には、南アフリカ連邦として統治された。\n1948年からは国民党が政権を担当し、本格的な人種隔離政策（アパルトヘイト）を実施しはじめた。\nこの政策は、基本的に90年代まで続いていた。\nデクラーク大統領のころ情勢の変化によってアパルトヘイト政策の廃止のぎざしがあわられた。さらに決定的だったのは、1994年に黒人のネルソン・マンデラが、選挙で大統領に選出されたことだった。かつてアパルトヘイト時代、白人は、ネルソン・マンデラを「テロリスト」と呼んでいたが、マンデラの大統領就任で政策、制度としてのアパルトヘイトは廃止された。なお80年代、南アフリカの最大の貿易相手国は、日本であった。\nこのころ南アフリカの日本人は、「名誉白人」といわれていた。\n一方、2000年代以降は、最大の貿易相手国は、中国となり、中国の影響力が強くなっている。かつてアパルトヘイト時代は、国際的な孤立を深めていたことと反共政策を打ち出していたことから台湾（中華民国）やイスラエルと結びつきが強かったことを考えると大きな変化である。\n　中国で南アフリカに大きな関心を示している中国人研究者に、清華大学人文科学院歴史系教授の泰晖氏がいる。彼は南アフリカとマンデラ（中国語では曼徳拉と表記）についての大著を世に問うている。泰晖氏は、南アフリカをどうみているのだろうか。マンデラに関する映画を見た後、こうしたことを参考にし、中国と南アフリカの関係を考える場としたい。 \n◎日時：2016年6月5日（日曜）午後3時開場午後3時半開始、報告、質疑応答、食事など午後8時ごろ終了予定。\n◎場所：亮馬橋幸福ビルB座中華料理店京味菜の一室（くわしくは参加申し込みしてくださった方にお知らせします。）\n◎報告者：山口直樹（北京日本人学術交流会代表）\n◎参加費：運営費、資料代、食事代など\n飲み物や中華料理が用意されます。社会人（企業派遣留学生含む）：200元、学生100元\n◎言語：主に日本語（時に中国語） \n近年、中国とアフリカの関係が深まっていることはご存知と思いますが、\n第223回北京日本人学術交流会では、南アフリカの政治家、ネルソン・マンデラを扱った\n映像をみたあと中国人研究者の南アフリカ社会に関する仕事を共有し、中国と南アフリカ関係について考えます。\n貴重な機会になるかと思います。\nご関心のある方は、6月3日（金曜）深夜までに以下のフォームにお申込みいただければ、幸いです。\nhttps://legacy.creativesurvey.com/reply/3eff122ed3758bfe05149f5e49c71a
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SUMMARY:漫画家、赤塚不二夫氏と中国との関係＠北京日本人学術交流会
DESCRIPTION:◎第222回北京日本人学術交流会\n◎テーマ：「漫画家、赤塚不二夫と中国」\n◎要旨\n赤塚不二夫氏は、戦後日本を代表するギャグ漫画家である。\n1935年9月、赤塚氏は、「満州国」と中華民国の国境の街で長男として生まれている。\n古北口古城裡というところである。\n父の赤塚藤七は、新潟県出身で関東軍の憲兵になっていた人物であった。\n1933年にはその職を辞し、古北口で特務機関員となって宣撫活動を行っていた。\n宣撫活動を行う関係上、中国人とも平等に接し、敗戦直後、中国人からの報復を免れていた。赤塚不二夫の父は、その後、シベリアに抑留されたため父親なしでの満洲からの引き揚げを経験している。その後、日本に引き揚げた赤塚氏は、母親の実家である奈良県大和郡山市や父の実家のある新潟県で生活した。\n赤塚氏が漫画家の梁山泊といわれるトキワ荘で生活するのは、そのあとのことである。\n古谷三敏氏、ちばてつや氏、北見けんいち氏、森田拳次氏など漫画家で「満州」からの引き揚げを経験した人は少なくないが、戦後日本を代表するこのギャグ漫画家にこの経験はどう影響しただろうか。\nまた、赤塚氏はのちに芸人タモリの才能を見出し、世に出すことに貢献することになるが、\nタモリの祖父もまた「満州」にいた人物（祖父は、熊岳城にある満鉄の駅長だったという）であり、不思議な結びつきが存在する。こうしたことを含め赤塚氏と中国との関係を考え討論する場としたい。 \n◎日時：2016年5月29日（日曜）午後3時開場午後3時半開始、報告、質疑応答、食事など午後8時ごろ終了予定。◎場所：亮馬橋幸福ビルB座中華料理店京味菜の一室（くわしくは参加申し込みしてくださった方にお知らせします。）\n◎報告者：山口直樹（北京日本人学術交流会代表）\n◎参加費：運営費、資料代、食事代など\n飲み物や中華料理が用意されます。社会人（企業派遣留学生含む）：200元、学生100元\n◎言語：主に日本語（時に中国語） \n第222回北京日本人学術交流会においては、漫画家、赤塚不二夫氏（1935年―2008年）と中国との関係を考えます。\n赤塚氏は、『天才バカボン』『もーれつア太郎』などで知られる戦後日本のギャグ漫画家の代表といっていいでしょう。最近においても『おそ松君』が、話題を集めましたが、赤塚氏の原点は、中国大陸の経験にあります。赤塚氏は、満州からの引き揚げ経験者でした。\nその経験は、赤塚氏の漫画にどう影響しているのでしょうか。\nそのことを映像を交えながら考える予定です。\n関心ある方のご参加を心よりお待ちしています。\n貴重な機会となるかと思います。\n参加希望される方は、5月27日（金曜）深夜までに以下のフォームにお申し込みください。 \nhttps://legacy.creativesurvey.com/reply/9892a856eed027eb2843d7c7471457  \nどうぞよろしくお願いいたします。
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SUMMARY:新中国の鉄道建設に貢献した日本人たち＠北京日本人学術交流会
DESCRIPTION:第221回北京日本人学術交流会では、中日関係史副会長の高海寛先生に「新中国の鉄道建設に貢献した日本人たち―天水における日本人鉄道技術者の活躍と戦後日本における天水会の活動」というテーマでお話しいただきます。\n　今回お話しいただく、高海寛先生は長く日中関係の友好活動や研究などに関わってきた方で、1998年、「朝まで生テレビ」ではじめて日中討論を行ったときの中国側組織者でもあります。\nさて、多くの日本人にとって天水とは、聞きなれない名前かもしれません。\n　高海寛先生は、中国日本関係史学会『続新中国に貢献した日本人』（日本僑報社2005）において「古都西安から西へ700キロ、幾重にも連なる山河を超え、天水を経て蘭州に至る列車の旅は、今では快適なものに違いない。しかし、50年前、この辺りは鉄道もなく時おりロバの鈴の音が聞こえるだけの黄土の荒野であった。今では列車が猛スピードで行きかう天蘭線の陰に秘められている日本の友人の汗と貢献を知る人は、まれであろう。」と書かれていますが、西安から蘭州にいたる甘粛省東南部の天水というところに満鉄（南満州鉄道株式会社）の鉄道技術者たち300人（家族を含めると900人）が、移り住み新中国の鉄道建設に貢献していたのでした。彼らは日本に帰国した後、「天水会」という会をつくり日中友好運動の活動をつづけました。\n　満鉄の中国東北部に残留した技術者たちに関しては、比較的よく知られていますが、（たとえば北京日本人学術交流会でたびたび扱ってきた満鉄中央試験所の技術者たち）天水の日本人鉄道技術者たちについては、一般にはほとんど知られずにきました。\n　第221回北京日本人学術交流会では、こうした知られざる鉄道技術者とその家族たちの歴史に光を当てます。（より本格的な参考文献としては、堀井弘一郎著『「満洲」から集団連行された鉄道技術者たち』（2015年）を参照。） \n貴重な機会となるかと思います。\nご関心のある方の参加を心よりお待ちしています。 \n参加を希望され方は、5月19日（木曜）深夜までに以下のフォームにお申し込みください。 \nhttps://legacy.creativesurvey.com/reply/b61a662c68f53eec6ea9c88d66dc64 \nどうぞよろしくお願いいたします。 \n◎第221回北京日本人学術交流会\n◎テーマ：「新中国の鉄道建設に貢献した日本人たち―天水における日本人鉄道技術者の活躍と戦後日本における天水会の活動」\n◎要旨\n　西安から蘭州にいたる甘粛省東南部に天水という場所がある。\n多くの日本人にとっては、なじみのない名前かもしれない。\n私は、中国日本関係史学会『続新中国に貢献した日本人』（日本僑報社2005）において「古都西安から西へ700キロ、幾重にも連なる山河を超え、天水を経て蘭州に至る列車の旅は、今では快適なものに違いない。しかし、50年前、この辺りは鉄道もなく時おりロバの鈴の音が聞こえるだけの黄土の荒野であった。今では列車が猛スピードで行きかう天蘭線の陰に秘められている日本の友人の汗と貢献を知る人は、まれであろう。」と書いたことがある。実は、この場所には、日本の敗戦以降、満鉄（南満州鉄道株式会社）の日本人鉄道技術者たちが、300人近く移住し、新中国の鉄道建設に貢献していた。帰国後、鉄道技術者たちとその家族は、「天水会」をつくり日中友好の活動を続けていた。これらの歴史は、中国東北部に残留した技術者にくらべても一般にはほとんど知られていない。\n私が、「天水会」の人々にあったのは、1980年代、日本の中国大使館で仕事をしていた時であった。私がその「天水会」に出会う経緯も含め、天水に移住した鉄道技術者たちのこと、また帰国後につくられた「天水会」の活動などについて私なりに具体的に語りたいと考えている。知られざる日中関係史を考えることによって日中関係を改めて考えていただければ、幸いである。 \n◎報告者：高海寛氏（中日関係史学会副会長）\nプロ―フィール（中国語）\n現在71歳  原籍  吉林省\n1970年 北京外国语学院日本语卒業（现北京外国语大学）\n     在中国日本友好協会 ，从事中日民间交流工作\n1985年後、在中国驻日本大使馆工作，任二秘、一秘\n          从事民间与学术交流工作\n1990年后，在中国国际友好联络会工作，历任理事、副秘书长，\n          和平与发展研究中心副主任、主任\n2004年后，在中国国际友人研究会工作，任副秘书长，\n          从事对日本民间交流工作\n1984年始，历任中国中日关系史学会会员、理事、常务理事、副会长\n现兼任   中华日本学会常务理事\n        中日友好在协会理事 \n◎日時：2016年5月21日（土曜）午後3時開場、午後3時半開始予定、報告後質疑応答などふくめ午後8時には終了の予定。\n◎場所：亮馬橋幸福ビルB座中華料理店京味菜の一室（くわしくは参加申し込みしてくださった方にお知らせします。）\n◎参加費：運営費、資料代、食事代など\n飲み物や中華料理が用意されます。社会人（企業派遣留学生含む）：200元、学生100元\n◎言語：主に日本語（時に中国語）
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SUMMARY:中国の日本語教育が直面する問題と新しい試みについて＠北京日本人学術交流会
DESCRIPTION:第220回北京日本人学術交流会では、武漢の武漢工程大学外語学院校聘教授の久保輝幸氏に「中国の日本語教育が直面する問題と新しい試みについて」というテーマでお話しいただきます。中国の日本語教育は新しい状況を迎えていますが、従来と違った認識をもとに新たな日本語教育の試みを具体的に論じていただきます。\nまた、武漢の日本語教育や日本文化の教育に関しても簡単にお話しいただく予定です。\n貴重な機会となると思われます。ご関心のある方のご参加を心よりお待ちしています。 \n参加希望の方は、5月11日（水曜）深夜までに以下のフォームにお申し込み下さい。\nなおいつもと違い平日5月13日（金曜）の夕方からの開催ですのでご注意ください。 \nhttps://legacy.creativesurvey.com/reply/0609b55ff567d62696037f26b1075e \nどうぞよろしくお願いいたします。 \n◎第220回北京日本人学術交流会\n◎日時：2016年5月13日（金曜）午後6時開場、午後6時半開始、\n午後8時まで報告、食事をとりながら共同討論、午後9時半ごろ終了予定 \n◎場所：亮馬橋幸福ビルB座一階中華料理店、京味菜の一室（くわしくはもうしこんでくださった方にお知らせいたします。）\n◎講師：久保輝幸氏（武漢工程大学外語学院校聘教授）\nプロフィール\n2000年大阪府立大学卒、茨城大学大学院を経て、中国科学院博士課程を修了（理学博士）。\nケンブリッジ大学のニーダム研究所でフェローシップスカラー、茨城大学非常勤講師等を経て2014年より武漢工程大学で日本語を教える。\n専門は、中国科学史でとくに宋代以前の本草学の研究をしている。\n牡丹の考証研究や宋代園芸史の研究などで日本科学史学会奨励賞（2011）\n主な論考に「中日文化交流中的植物要素初探」共著『日語学習与研究』（180号、2015）など。\n◎参加費：運営費、資料代、食費など\n中華料理や飲み物が用意されます。\n社会人（企業派遣留学生含む）200元、留学生、学生100元\n◎言語：主に日本語 \n中国の日本語教育が直面する問題と新しい試みについて \n全国の日本語学科は現在、全国的に厳しい状況にある。これを日中の外交的摩擦によるもので、外交的に改善されれば、日本語科の状況も改善されるという見方がある。しかし、問題はそんなに単純だろうか。日本語の需要から、考え直してみたい。\n日本語を学ぶ大きな動機として、よくアニメが指摘されるが、実際に日本語を学ぶ本科生に対してアンケートをとってみると、日本語を選んだ学生の中で、趣味だけのために日本語を選択した学生は実は少ないことが分かる。さらに、日本語科のなかには、そもそも日本語科の志望を出したわけではないのに、日本語科に振り分けられてきている学生も少なくない。中国の大学では、日本語科および第二外国語で日本語を学ぶ学生はそれぞれ約24.5万人、36.6万と大変多いが、それが直接、日本語の人気を表しているのではないことに、まず注意しなければならない。日本語科は、中国の大学506校に設置されており、設置数で第11位である。実際には過剰供給の状態にある。\nしたがって、毎年日本語を専攻した学生が大量に卒業することになる。しかし、日本経済に勢いがなく、加えて中国の物価・賃金の上昇で、日系企業の中国進出は鈍化傾向にある。日本語科の卒業生の就職状況は良いとはいえないし、当面好転する兆しもない。これらは、日本語教育関係者ならば周知のことであろう。昨今の日系企業では、中国語を話す日本人が増え、彼らが中国人従業員に直接指示を下している様子を目にすることが多くなった。また、日系企業の管理職も日本語ができない中国人が多くなっている。つまり、日系企業の現地化が進んでいるのである。すると、日系企業にとって、高い日本語能力をもつだけの中国人学生は魅力がなく、専門性を身につけさせようとしても、職場の定着率の低さが足かせとなる。実際に、多くの地域で日本語科卒業生の就職率は高くないという声が聞かれた。学生にとって、既存の日本語学科で高度な日本語を習得しても、卒業後のキャリアにあまり有益ではなければ、学生も前向きになれないだろう。\nもう一点、注意したい点として、科学技術分野における中国の政策がある。いま中国の大学・研究所は、教員や研究員に対して、質の高い研究業績を強く求めており、毎年業績審査があって、科研成果のない教員は契約更新ができなかったり、あるいは行政職（事務）への配置換えを迫られたりしている。労働者の権利は日本ほど強くないため、定年まで同じ地位にいられる保証はないのである。そのため、中国の高等教育機関は教育より科研という雰囲気に覆われ、NatureやScienceなど一流学術雑誌への論文掲載には褒賞を準備しつつ、「SSCI」や「核心期刊」など採択率の低い学術雑誌への論文掲載を教員に迫っている。日本が強みとする幹細胞研究や、アメリカの国家プロジェクトBrain Activity Map Project（脳内の仕組みを解明するプロジェクト）、人工知能研究などの分野でも、中国の研究チームが発表した論文は実に多彩で、勢いがある。日本では、高速鉄道の列車事故が中国科学技術の未熟さを露呈したという印象を強く与え、それがいまだ根強いようだが、実際には科学技術で日本が中国に対して圧倒的な優位を維持していた時代は、すでに終わっていた（参考①、②）。日本人の中国に対するある種の偏った見方は、科学技術に限ったものではない。世界各国のなかで、日本人は中国に対するマイナスイメージは突出している（参考③）。\nともあれ、中国の理工系学生にとって日本への大学院留学は、隣国で、比較的安い学費が魅力となっているが、研究水準でかつてのような大きな差はなく、物価が高く資金調達が難しいなどの問題がある。優秀な研究者ほど、研究業績が重視され、潤沢な資金がある中国に残って研究を続けるほうが、より優れた成果を出せるだろう。つまり、学生のキャリア設計上、日本が今後も留学先として魅力があるものか、苦心して日本語を習得する価値があるかという問題が突きつけられている。\nまた、日本語を専攻する学生の場合、特化した日本語能力の習得が今後求められていくと想定される。具体的には、特許翻訳、司法に関連する翻訳および通訳などである。こうした、専門分野に特化した日本語にも対応できる教育体制が必要となるだろう。日本語と同時に、十分な英語能力を習得させる試みも考えられる。ある高等教育期間における「英日マルチリンガル専攻」に所属する学生の状況を調査したところ、以下の結果が得られた。\nまず、二カ国語の同時学習は学生の負担が大きいと懸念されたが、調査校においてそうした傾向はみられなかった。むしろ、学生は英語による日本語教授や英日日英翻訳など英語と日本語を組合せた授業を望んでいることが明らかになった。英日専攻の学生はすべて大学入試まで英語を学んできており、一定水準の英語能力を有している。そのため、日本語の学習が大きな負担にならないのだろう。また以前に比べ、語学教材は飛躍的に豊富になり、学習効率は高まっている。とくにネット動画やスマートフォンは外国語教材を格段に豊富にして、教室にいなくても独学で語学を身につけられる時代になっている。それに加え、国際社会で求められる英語力も変化しており、一定水準の外国語を複数習得するほうが実用的とする見方が強くなりつつある。今後は中国でも、英日二カ国語に通じた教員が必要とされる。それには日本で英語の教育経験がある外教を招聘するなどの方法が有効である。\n中国国内の大学院修士課程入試は日本と異なり、統一の一次試験がある。一次試験では第二外国語が要求されるため、英日マルチリンガル課程の学生の場合、英語と日本語で高得点が期待できる。また、英日マルチリンガル課程の学生にとって翻訳や通訳で有利になる状況もある。日本の苗字や地名、例えば田中や横浜、箱根などは、中国でその漢字の中国語音で読まれている。しかし英語圏では当然それぞれTanaka、Yokohama、Hakoneと日本語音に基づいて読まれる。そのため、日本について英語で話されている内容を英中通訳する際、通訳者はこれらの固有名詞が中国語でどう言われるかを知っている必要がある。これは英日マルチリンガル課程の強みとなろう。\nもう1つの提案として、とくにMTI（翻訳修士）課程を設置する大学が奨学金・学費減免などを設けて、日本人学生を積極的に集めることである。日本には現在、MTIの設置を標榜する大学院はなく、日本語中国語間では、それに準じる課程が杏林大学大学院にあるのみである。昨年のISO17100の発行で、資格試験より翻訳学の学位が優先されたことから、今後日本の翻訳業界や大学院も対応を迫られている。中国では、早くからMTIの設置が始まっていることから、中国の大学院は日本人留学生を積極的に受け入れられる前提条件がある。既存のMTI課程は中国人学生が多いが、そのなかに日本人学生は2-3割入ってくれば、学生が互いの母語を教えあう環境が生まれる。ここで翻訳家をめざす日本人ないし中国時の友人が得られれば、卒業後のかけがえのない財産となるだろう。\n今回の発表では、最後に湖北省地区の日本語教育事情および日本文化の教育実践例などについても簡単にご紹介して、意見交換の場としたい。\n【参考】\n①China’s rapid rise in global science and engineering\nhttp://www.universityworldnews.com/article.php?story=20140227152409830\n②「日本を抜いた中国の科学技術力～その知られざる実像」\n科学技術振興機構中国総合研究交流センター上席フェロー馬場錬成\nwww.yomiuri.co.jp/fukayomi/ichiran/20160414-OYT8T50077.html\n③Global Image of the United States and China\nhttp://www.pewglobal.org/2013/07/18/global-image-of-the-united-states-and-china/
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SUMMARY:アメリカ黒人は日本と中国をどう見てきたか＠北京日本人学術交流会
DESCRIPTION:第219回北京日本人学術交流会では、「アメリカ黒人は日本と中国をどう見てきたか―マーク・ガリキオ『アメリカ黒人から見た日本、中国1895-1945―ブラックインターナショナリズムの盛衰』（岩波書店2013）を読み解く」を行います。 \n　日中関係が、難しい局面を迎えているといわれていますが、日本と中国の間だけでなく\nそれ以外の他者が日中関係をどうみていたかという点に着目することが、新たな視点を日本人にも中国人にももたらしてくれると私たちは、考えます。 \n　そこで、具体的には、アメリカの黒人たちが、日本と中国をどう見てきたかのかというテーマに焦点をあてます。\nアメリカの白人社会の中で抑圧されていたアメリカの黒人たちは、日本と中国をどう見ていたのでしょうか。 \nそのことをマーク・ガリキオ『アメリカ黒人から見た日本、中国―ブラックインターナショナリズムの盛衰』（岩波書店2013）を読み解くことを通して考えます。\n当日は、この本を要約したレジュメが配布され、それをもとに共同討論をすすめていく予定です。ご関心ある方のご参加を心よりお待ちしています。 \n参加希望の方は、5月6日（金曜）深夜までに以下のフォームにお申し込みください。 \nhttps://legacy.creativesurvey.com/reply/104575b7f0ec9bf31222f34ef3bad9 \nどうぞよろしくお願いいたします。 \n◎第219回北京日本人学術交流会\n◎要旨\nアメリカ国内の過酷な人種差別を白人が有色人種を支配する世界システムの一環としてとらえるブラックインターナショナリズムという思潮が、存在する。\nこの思潮が高まっていく中で多くのアメリカ黒人たちが、日露戦争に勝利した日本に有色人種の擁護者としての大きな期待を寄せていた。白人のロシアに勝利した日本が、白人中心の世界を変えてくれると期待したのだった。そのなかにはたとえば、当時の著名なアフリカ系アメリカ人研究者であったW・E・Bデュボイスもいた。W・E・Bデュボイスは、日本の刺激的な勝利によって「「白人」という語がもつ現代の馬鹿げた魔力」が破壊され「白人の搾取に対する有色人種の叛乱」の予感が起こってきたと書いていた。\n日本勝利のニュースは、国際情勢に関心を持ち、世界の出来事を被支配民族の立場から観察するようになっていたアメリカ黒人大衆にまで広まっていた。\nしかし、黒人たちの期待は、その後の日本の中国侵略によって裏切られてしまう。\nその後1941年には、日米開戦となり、アメリカ黒人は期待を寄せていた日本とたたかうことになる。これは、これまでほとんど知られてこなかったアメリカ黒人たちの日本観や中国観をたどり、新たな日中関係を模索しよとする試みである。\nちなみにこの書の目次は以下の通りである。\nはじめに―ブラックインターナショナリズム\n１、有色人種の擁護者\n２、有色人種の潮流の高まり\n３、階級か肌の色か\n４、「ブラックインターナショナル」の台頭\n５、抵抗か不忠か\n６、人種と国家安全保障\n７、ブラックインターナショナリズムと白人リベラルたち\n８、中国の再発見\n９、中国の喪失\nおわりに\n◎日時：2016年5月8日（日曜）午後3時開場、午後3時半開始予定、報告後質疑応答などふくめ午後8時には終了の予定。\n◎場所：亮馬橋幸福ビルB座中華料理店京味菜の一室（くわしくは参加申し込みしてくださった方にお知らせします。）\n◎報告者：山口直樹（北京日本人学術交流会代表）\n◎参加費：運営費、資料代、食事代など\n飲み物や中華料理が用意されます。社会人（企業派遣留学生含む）：200元、学生100元\n◎言語：主に日本語
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SUMMARY:「台湾における原爆開発の歴史を考える」@北京日本人学術交流会
DESCRIPTION:◎第218回北京日本人学術交流会\n◎テーマ：「台湾における原爆開発の歴史を考える」\n台湾における原爆開発に関する1時間ほどのドキュメンタリー（中国語で中国語字幕付き）を上映の予定。\n◎要旨\n　中華人民共和国において原爆開発が、本格的にはじまるのは、冷戦下の1955年ごろのことである。その後、1964年に原爆実験に成功している。\nしかし、国民党は、共産党よりも早く原爆開発にとりくみはじめていた。\n国民党は、国共内戦のさなかの1946年6月原子力研究員会を設立していた。\n1946年9月、近代中国物理学の父といわれる物理学者、吴大猷や西南連合大学化学科教授の曾昭抡らは、原子力委員会の指示に従ってアメリカへ渡航し、原爆開発の情報を得ようと試みていた。ところが、アメリカはそれに同意しなかった。\nこのことにより国民党の原爆開発はおくれをとることになる。\n国共内戦に敗れ台湾へと移った国民党が、本格的に原爆開発に向かうのはかなりあとになってからのことである。国民党の蒋介石は、どのようにして原爆開発を行おうとしていたのか。実はここには、イスラエルや南アフリカもかかわっていたのだが、その背景にあったものはなんだったのか。また最終的には、この試みは挫折するのだが、それはなぜだったのか。\nドキュメンタリーを見ることを通してこれらの問題を考えることとしたい。 \n◎日時：2016年5月2日（月曜）（通常の土曜、日曜と違いますのでご注意ください。）\n午後3時開場、午後3時半開始予定。ドキュメンタリー鑑賞後、解説、共同討論など午後8時ごろ終了予定。\n◎場所：亮馬橋幸福ビルB座中華料理店京味菜の一室。\n（くわしくは、申し込んでいただいた方にお伝えします。）\n◎解説：山口直樹（北京日本人学術交流会代表）\n◎参加費：運営費、資料代、食事代など\n飲み物や中華料理が用意されます。社会人（企業派遣留学生含む）：200元、学生100元\n◎言語：ドキュメンタリー映像は、中国語（中国語字幕付き）\n解説や討論は主に日本語
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SUMMARY:元北京大学総長、蔡元培の大学論＠北京日本人学術交流会
DESCRIPTION:第217回北京日本人学術交流会では、元北京大学総長であった蔡元培の住んでいた\n寓居とかつて北京大学の存在した紅楼(五四運動記念館)を訪問したあと、近くの中華料理店で「元北京大学総長、蔡元培の大学論」という報告が行われ、共同討論がなされる予定です。北京だからこそできる試みといえます。\n◎テーマ：「元北京大学総長、蔡元培の大学論」\n◎第217回北京日本人学術交流会要旨\n　蔡元培は、1868年、浙江省紹興の裕福な商人の家に生まれた。\n清朝末期の知識人として当初、蔡元培は、科挙への合格を目標として勉学を続けていた。\nしかし、1894年の日清戦争での日本への敗北のショックは、蔡元培に清朝の体制を疑わせるものとなっていた。中国を復興させるためには、西洋の学問を学ばなければならないと蔡元培は、考えるようになり、中国語訳や日本語訳の西洋の学術書を読み始めていた。\nそして、ついには、ドイツに1907年留学をはたす。当時の蔡元培は、40歳を過ぎており、こうした留学は、めずらしいものであった。\n最初の一年はベルリンですごし、その後3年間は、ライプチヒ大学で学んでいた。\n1911年辛亥革命で中華民国が成立すると、蔡元培は、文部大臣として中国に帰国した。\nその後、蔡元培は、北京大学の総長に就任する。\n北京大学は、もともと京師大学堂として創設された大学だが、蔡元培が、総長に就任した当時は、主に官僚養成の高等教育機関であり、学術研究の雰囲気は希薄であった。\n　しかし、蔡元培は、北京大学の総長に就任すると「思想の自由と兼容並包」の理念を掲げ大学改革に着手する。\n　また、当時、上海において1915年から『新青年』を刊行し、新文化運動の旗手となった陳独秀やコーネル大学やコロンビア大学でプラグマティズムを学んだ胡適、日本において医学から文学に転換した魯迅(今日つかわれている北京大学の校章は、蔡元培が魯迅に依頼し、魯迅がデザインしたものである。)らを北京大学に招き青年たちの教育にあたらせた。事情により実現はしなかったが、当時、世界的な知名度を得ていたアルバート・アインシュタインに北京大学で講演してもらおうと試みたのも蔡元培であった。\nこうした試みが，功を奏し、北京大学は中国における学術研究の中心となっていった。\n　その大総長といってよい蔡元培の手腕が、今日でも高く評価されていることは、北京大学教授に蔡元培を尊敬する人が、少なくなく、今日の北京大学で元培学院が、設立され、教育が行われるようになっていることからもうかがい知ることができるであろう。\nかつて、北京日本人学術交流会では、「元北京大学総長、蔡元培の学問思想」という報告が行われたことがある。今回は、さらに蔡元培と関係の深い場所を実際に訪問した後、蔡元培の大学論に焦点をあて、蔡元培に関する映像なども見ながら蔡元培の大学論について共同討論し、その大学論の今日的意味を考える。 \n◎日時：2016年4月24日(日曜)午後3時から午後8時ごろまで。\n◎場所：地下鉄東単駅(地下鉄5号線、1号線)A出口に集合、その後、蔡元培寓居訪問後、北京大学紅楼に移動、見学後、近くの中華料理店(申し込んでいただいた方にあとで詳しくお伝えする予定です。)で報告が行われ、共同討論がなされる予定である。\n◎案内人、報告者：山口直樹(北京日本人学術交流会代表)\n◎参加費：運営費、資料代、食事代(飲み物、中華料理が用意されます。)など。\n社会人(企業派遣留学生含む)200元、学生、留学生100元\n◎言語：主に日本語、映像は中国語。 \n参加を希望される方は、4月22日(金曜)深夜までに以下のフォームからお申し込みください。\nhttps://legacy.creativesurvey.com/reply/7e4e36c48dc1c959643c533e603af6
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SUMMARY:意図で変わる中国の写真イメージ＠北京日本人学術交流会
DESCRIPTION:◎テーマ「 意図で変わる中国の写真イメージ 」\n◎内容：中国（主に北京）に１５年以上滞在し、さまざまな写真を撮る機会に恵まれました。\nそんな中、語学の教科書や航空会社の広告など、中国を好きになってもらいたいという意図\nで撮影した写真と、通信社用に撮影した報道写真とでは、同じカメラマンが撮影しても、\n中国の見え方は大変に違います。\n中国のどこを見るかで、対中イメージが変わってくる事は明らかです。\n２つの意図によって撮影された写真を見比べる事から、\n日中のイメージギャップについて、考えられたらと思います。\n（注：２０１５年１１月１２日、日本人会にての講演と重なる内容です） \n◎日時：2016年4月17日(日曜)午後3時開場午後3時半開始講演、質疑応答、食事など含め午後8時ごろに終了予定。\n◎場所：亮馬橋幸福ビルB座京味菜の一室(くわしくは申し込んでくださった方におしらします。)\n◎講師：佐渡多真子氏(フリーカメラマン)\n● 佐渡多真子略歴\n　北京在住フォトグラファー。中央大学卒業後、１９９０年、フリーカメラマンとして独立。\n１９９５年～９７年、北京大学留学。’９９年、北京に拠点を移し、中国関連の写真を国内外のメディアに発表している。北京中芸映像学校・顧問『幸福（シンフー）？』（集英社）、『ニーハオ！双子のパンダ（日本版）（韓国版） (中国版)』（ポプラ社、）、『パンダフルワールド』（アスペクト）、『子パンダようちえん』（青菁社）、『こぱんだ　シールの　ココロ』（講談社）、\n『歳時記・中国雑貨』（木楽舎　原口純子著）など写真作品集多数。\n　現在、NHKラジオ中国語会話『レベルアップ中国語』表紙写真、『人民中国』表紙写真を担当。\n読売新聞（国際版）リレーエッセー、freasia 「Blog from the world-Beijing」http://freesiaweb.com/、\n国際貿易「北京・暮らしのスケッチ」にエッセーを連載中。\n◎参加費：運営費、資料代、食事代など\n飲み物や中華料理が用意されます。社会人(企業派遣留学生含む)：200元、留学生、学生：100元(運営費、資料代、食事代など)\n◎言語：主に日本語 \n参加希望の方は、4月15日(金曜)深夜までに以下のフォームからお申し込み下さい。 \n https://legacy.creativesurvey.com/reply/bb3f3ca1811a211571fa39fca96074
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SUMMARY:「中国はどこに向かうか」＠北京日本人学術交流会
DESCRIPTION:第215回北京日本人学術交流会\nテーマ：「中国はどこに向かうのか」\n要旨：中国経済の今後10年は、改革は進むのか、発展モデルは変わるか、\n      中国の対外外交路線の変化、日中関係などを中心に私の視点から問題提起を行い参加者のみなさんと共にこの問題を考えてみたい。\n◎日時：2016年4月9日(土曜)午後3時開場、午後3時半開始、問題提起30から40分ほど、その後、共同討論含めて午後8時ごろ終了予定。\n◎場所：亮馬橋幸福ビル中華料理店京味菜の一室(くわしくは申し込んでくれた方にお知らせします。)\n◎問題提起者、スピーカー：徳地立人氏(清華大学公共管理学院産業発展と環境ガバナンスセンター（CIDEG）理事兼研究員)\n1952年生まれ（東京出身）。20数年大和証券に勤務、主に米国、香港、北京、シンガポールなどで国際投資銀行業務に従事した後、2002年、中信証券に入社。副総経理（執行委員）、マネージングディレクター兼投資銀行委員会主席、中信証券国際主席などを歴任し、2015年末、退任。中信証券では、中国大型国有企業の株式化、5大銀行の新規株式上場（IPO）、中国企業国内の外M＆Aなどを手がける。目下、国家外国専門家局諮問委員会外国専門家顧問委員、トヨタ自動車、東京海上グループ、星野リゾートなど日本企業への中国関連のアドバイスも行っている。北京大学中国文学学科卒業、スタンフォード大学東アジア研究センターにて修士（中国経済）。著作（中国語）：『国有企業到境外上市公司』（主編）、『企業重組導論』（編集委員）など。2009年、中国金融業界での功労が認められ、中国政府より“友誼賞”を受賞。\n◎参加費：運営費、資料代など\n飲み物(ビールやソフトドリンク)や中華料理が用意されます。社会人(企業派遣留学生含む)：200元、留学生、学生：100元(運営費、資料代、食事代など)\n◎言語：主に日本語 \n参加希望の方は以下のフォームから4月7日(木曜)深夜までにお申し込みください。\n席には限りがあります。満席になり次第しめきります。ああかじめご了承ください。どうぞお早めにお申し込み下さい。 \nhttps://legacy.creativesurvey.com/reply/07065823acd60c01dd515e4b91db78 \nどうぞよろしくお願いいたします。
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SUMMARY:習近平政権下で際立つもう一つの歴史認識問題＠北京日本人学術交流会
DESCRIPTION:第214回北京日本人学術交流会\n◎日時：2016年4月3日(日曜)午後3時開場、午後3時半開始、報告、質疑応答含めて午後8時終了予定。\n◎場所：亮馬橋幸福ビル中華料理店京味菜の一室(くわしくは申し込んでくれた方にお知らせします。)\n◎テーマ：「習近平政権下で際立つもう一つの歴史認識問題」\n◎講演者：加藤隆則氏(独立記者、NPO法人独創メディア理事長)\n(略歴)1962年東京生まれ。早稲田大学政治経済学部卒、1986年から1987年に北京で語学留学。1988年読売新聞社入社。上海支局長や北京で中国総局長を歴任。現在は、NPO法人独創メディア理事長。主な著書に『中国社会の見えない掟―潜規則とは何か』(講談社新書)『「反日」中国の真実』（講談社新書）『習近平の政治思想』(勉誠出版)など。\n◎参加費：運営費、資料代など\n飲み物(ビールやソフトドリンク)や中華料理が用意されます。社会人(企業派遣留学生含む)：200元、留学生、学生：100元(運営費、資料代、食事代など)\n◎言語：主に日本語 \n(要旨)\n２０１５年から１０年間、上海、北京で特派員を経験した後、約９か月間、日本で過ごした体験をもとに、日本の対中認識の問題点を解き明かす。帰国後、各種講演会や寄港原稿で「習近平政権下で反日デモは起きない」との認識を伝えてきた（前回での北京日本人学術交流会でも然り）。習近平は強い指導者を演出し、「反日」から「克日」「超日」へと向かっている。それは過去の歴史を乗り越える現在、将来の課題である。日中間ではしばしば戦争に関する歴史問題あるいは歴史認識問題が問われてきたが、「もう一つの歴史問題」にも留意する必要がある。ある特定の事件ではなく、歴史そのものをどうとらえるかという根本的な問題である。\n 昨年以来、日本では戦後７０年の総括がされてきた。侵略戦争への言及や謝罪が注目された安倍首相の戦後７０年談話は、過去の反省に言及しつつも、「あの戦争には何ら関わりのない、私たちの子や孫、そしてその先の世代の子どもたちに、謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません」との言葉にウエートがあった。過去の清算である。 \nでは中国はどうか。現状維持を望む日本に対し、経済大国に成長した中国は現状に不公平を感じ、他の新興国とスクラムを組んで米国を中心とする国際秩序の変更を求めている。習近平は就任後から、中華民族の偉大な復興を実現する「中国の夢」をスローガンに掲げ、大国としての復活を夢見ている。実際、国際経済学者のアンガス・マディソン氏の世界経済長期統計によると、中国のＧＤＰは、１８２０年代は世界の３２・９％だったが、建国当初の１９５２年は５・２％しかなかった。中国の夢に語られる「復興」にはこうした民族の記憶が刻まれている。\n 習近平は昨年９月３日の抗日戦争勝利７０年記念軍事パレードで、「抗日戦争の勝利が、日本の軍国主義が中国を植民地とし奴隷とするたくらみを徹底的に粉砕し、近代以来、中国が受けてきた外国の侵略による民族の恥辱を雪ぎ、世界における中国の大国としての地位を改めて確立した」と演説した。中国にとって歴史は過去のものではなく、民族の復興を実現するためのバネである。簡単に清算し、先に進めるものではなく、まさに現在の政治と不可分の関係にある。\n 習近平には「二つの１００年目標」がある。共産党創設１００年（２０２１年）にゆとりある社会（小康社会）を全面的に築き、建国１００年（２０４９年）には富強で、民主的で、文明を備え、調和のとれた社会主義近代化国家を建設する。つまり先進国入りである。具体的な数字の目標は、２０２０年にＧＤＰと１人当たりの収入を２０１０年の倍に増やす所得倍増計画があり、２０２０年までに７０００万人の貧困人口（年間収入が２８００元＝約４万８０００円以下）を解消することも目標に掲げている。\n 抗日戦争勝利７０年だった昨年、国慶節の大規模な軍事パレードについて日本では「反日的だ」との論調が強かったが、見逃されているのは１年を通じ、反日デモの呼びかけが全くなかったことだ。だが日本ではいまだに、「江沢民時代の愛国主義教育が反日感情を生んだ」との安直な図式がまかり通っている。反日感情には、語り継がれてきた戦争の記憶と大国化によって刺激された民族意識という歴史的な背景がある。中国が大国化したにも関わらず、依然、優越意識、上から目線を持ち続けて、傲慢な態度を取っている日本が、中国人を刺激している側面は見逃せない。反日感情をもっぱら中国側の責任とする見方は、日本人が自己の責任から回避しようとする言い逃れにしか見えない。\n 中国が日本を乗り越えようとしている今、もう一つの歴史認識問題を認識することが、新たな日中関係を構築する第一歩となる。\n第214回北京日本人学術交流会では、NPO法人日中独創メディア理事長の加藤隆則氏に「習近平政権下で際立つもう一つの歴史認識問題」というテーマで話していただきます。\nこれまで学術交流会では、加藤隆則氏には、二度の講演をいただいていますが、今回は歴史認識問題に焦点を当ててお話しいただきます。\n　参加希望の方は、4月1日(金曜)深夜までに次のフォームにお申し込み下さい。\nなお、席には限りがあるため先着順となります。\nあらかじめご了承ください。参加希望の方は、お早めにお申し込みくださいますようおねがいいたします。\n(申込フォーム)\nhttps://legacy.creativesurvey.com/reply/0ea4281007e2ddf6460a8af2921fcf \nどうぞ、よろしくお願いいたします。
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SUMMARY:日中経済講演会「高速鉄道のレールを支える日系企業」
DESCRIPTION:テーマ\n日中経済講演会「高速鉄道のレールを支える日系企業」\n～～『日中関係は最悪なのか　政治対立化の経済発信力』中国語版（『我在中国做生意』）の執筆者が語る中国における日系企業の姿～～ \n１、 趣旨\n中国が経済のドラスティックな構造改革に取り組む中で、成長の減速が世界の懸念材料となっている。日本にとって中国は最大の貿易相手国であるが、直接投資額は減少傾向にある。賃金をはじめとする生産コストの上昇によって、中国は「世界の工場」としての役割が低下する一方、内需拡大政策によって世界最大のマーケットとしての重要性に注目が集まる。中国をめぐる国際経済関係は大きく地殻変動を起こしているが、日本では必ずしも中国経済に関する情報が正しく伝えられていないことも否定できない。そうした中、実際に現地に根をはやし、実績を上げている日系企業の実例を直接伝えることは、今後の日中経済関係を考えるうえで重要である。こうした考えに基づき２０１４年、中国でビジネスにかかわる日中の経済人ら３３人が「日中関係は本当に最悪なのか－政治対立下の経済発信力－」（日本僑報社）を共同執筆したが、このたび中国語版が発行された。日本と縁の深い中国の若者たち１１人がボランティアで翻訳した意義深いものである。同書執筆者の１人で、中国高速鉄道の枕木の留め金を製造している蘇州石川制鉄有限公司の塩谷外司董事長を招き、３０年に及ぶ中国との付き合いについてお話をして頂く。併せて翻訳グループのリーダー、高華彬氏からも今回の中国語版出版の意義について語って頂く。 \n２、 日時場所\n２０１６年４月２日（土）１４：００～１７：００\n在中国日本大使館（北京市朝陽区亮馬橋東街１号） \n３、 講演者\n① 「鋳物作りを通じた日中友好」　蘇州石川制鉄有限公司　塩谷外司\n1949年、石川県金沢市生まれ。73年から父親の経営する石川可鍛製鉄株式会社に勤務。87年から蘇州で鋳造の技術指導を行い、94年、蘇州石川製鉄有限公司の経理に就任。98年から董事長。2007年に蘇州市名誉市民の表彰\n② 「中日関係にも『有機栽培』が必要～『日中関係は本当に最悪なのか』の翻訳動機と中日関係についての私見）　高華彬\n1972年、四川省生まれ。北京第二外国語学院アジア・アフリカ学部日本語専門学士卒業、対外経済貿易大学経済学修士学位を取得。2006年からＪＥＴプログラムで長崎県県庁に国際交流員として1年勤務。2008年から自治体国際化協会北京事務所に勤務。 \n４、 主催\nＮＰＯ日中独創メディア、日中の未来を考える会北京支部、在中国日本大使館 \n６．言語\n日中二か国語 \n７．式次第\n１３：３０　開場\n１４：００　開会\n日本大使館あいさつ\nＮＰＯ日中独創メディア代表あいさつ\n１４：１５　塩谷外司氏講演（１時間）\n１５：１５　高華彬氏講演（20分間）\n１５：３５　休憩（10分間）\n１５：４５　質疑応答及びフリーディスカッション（70分間）\n１７：００　閉会 \n当日入館のため、身分証あるいはパスポートを必ずご持参下さい。\n参加希望の方は、3月27日(日曜)深夜までに以下のフォームにお申し込み下さい。\nまた、席には限りがあるため、先着順で席が埋まり次第、締め切らせていただきます。\nあらかじめご了承ください。お早めにお申し込みください。 \nhttps://legacy.creativesurvey.com/reply/ae3033cc08a3512c8108ea3f28d185
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SUMMARY:北京でパンダ表象を読む2＠北京日本人学術交流会
DESCRIPTION:第213回北京日本人学術交流会\nテーマ：「北京でパンダ表象を読む2」(日中文化交流カフェ) \n要旨\n　1972年に日中国交正常化が行われた。そのとき中国は、日本にパンダを贈った。\n多くの日本人にとってパンダが、日中友好の象徴とおもわれたのはそのためであった。\nその当時、日本では、パンダブームがおこり、パンダに関する映像なども数多く製作されていた。\nその当時、日本ではパンダは、どのようにとらえられていたのだろうか。\nそのことを当時の実際のパンダの映像をみながら考える試みである。\nすでにこの試みは、2013年9月の第99回北京日本人学術交流会で行われたことがあるが、さらにその続編がおこなわれる。 \n◎日時：2016年3月27日(日曜)午後3時開場、3時半開始映像鑑賞、解説、質疑応答含めて午後8時ごろ終了予定。\n◎場所：亮馬橋幸福ビル中華料理店京味菜の一室(くわしくは申し込んでくれた方にお知らせします。)\n◎司会：山口直樹(北京日本人学術交流会代表)\n◎テーマ：日中文化交流カフェ「北京でパンダ表象を読む２」\n◎参加費：運営費、資料代など\n飲み物(ビールやソフトドリンク)や中華料理が用意されます。社会人(企業派遣留学生含む)：200元、留学生、学生：100元(運営費、資料代、食事代など)\n◎言語：主に日本語(部分的に中国語)\n参加希望の方は、3月25日(金曜)深夜までにお申し込みください。
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SUMMARY:日本語を掘り下げると@日本人学術交流会
DESCRIPTION:◎第212回北京日本人学術交流会\n◎テーマ：「日本語を掘り下げると」\n◎要旨：言葉は人の習慣や文化と切り離せないほど強い関係で結ばれています。日本語は私の母語です。母語だから使えるのは当然のことですが、母語を知っているかと問われると、これはイエスとは言えないでしょう。なぜなら、外国人の質問になかなかきちんと説明できないことに気付かされるからです。\n　英語や中国語と付き合ってみると、日本語の特徴がより鮮明に見えてきます。「は」と「が」の違い、助詞と英語の前置詞、語順の自由さ、などはその一端です。受身表現や自発表現がたくさん使われることもその例です。\n　また、日本語の会話には、特に「聞き手志向」が顕著です。「相手本位」といったほうがわかりやすい。この底に流れるものが、例えば、原因理由を表す接続助詞「～から」と「～ので」の違いにも表れています。これは、顧客に目を向けた志向にも、実は表れています。茶道のような文化にも表れています。ビジネスの会話にも表れています。\n　日本の習慣や文化は日本語を掘り下げると見えてくるものがあります。それらを問題提起し、討論しながら一緒に考えられればと思っています。  \n◎講師：松下和幸氏　(北京科技大学)\n(略歴)\n団塊の世代。入試中止となる大学闘争／学園紛争という大学時代を送る。卒業後、出版社編集勤務を経て、神奈川県高校国語教師となる。その時に、教育委員会から中国の北京第二外国語学院に派遣される。それが言語学を学ぶ契機となり、日本に戻ってから数年後、オーストラリアに渡り学び、応用日本語学で修士号、言語学で博士号取得。オーストラリア国立大学で非常勤講師。再び中国へやってきて、湖北民族学院、北京語言大学、そして北京科技大学で教鞭をとる。妻との共著『日語会話教程　発信できる日本語１』『日語会話教程　発信できる日本語２』（中国外語教学与研究出版社）『オーストラリア晩学事始』（2007）。「わかって話す日本語」（仮名）の基礎編及び初級編が近く刊行予定。\n◎日時：2016年3月20日(日曜)午後2時半開場、午後3時開始、報告質疑応答ふくめて午後8時ごろまで。\n◎場所：亮馬橋幸福ビルB座一階中華料理店京味菜の一室(詳細は、申し込んでくださった方にお知らせします。)\n◎参加費：飲み物(ビールやソフトドリンク)や中華料理が用意されます。社会人(企業派遣留学生含む)200元、留学生、学生100元\n◎言語：主に日本語
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SUMMARY:北京で考える「朝河貫一と福島原発事故」（第211回北京日本人学術交流会）
DESCRIPTION:みなさん\nお世話になっています。\n山口直樹＠北京日本人学術交流会です。 \n　第211回北京日本人学術交流会においては、福島第一原発の事故から五年となる時期になることを考え、それに関連した企画「北京で考える朝河貫一と福島原発事故」を行います。 \n2014年に武田徹ほか著『100年前からの警告―福島原発事故と朝河貫一』(花伝社、2014)という本がでました。\nこの本は、2011年3月11日の東京電力福島第一原発を受け、2012年7月5日に「東京電力福島原子力発電所事故調査員会」(国会事故調、黒川清委員長)の報告書が出されています。\n本書によれば、黒川清委員長は、冒頭の談話で以下のように述べているといいます。 \n「100年ほど前にある警告が、福島が生んだ偉人、朝河貫一によってなされていた。朝河は、日露戦争に勝利した後の日本国家のありように警告を鳴らす書『日本の禍機』をあらわし、日露戦争後に「変われなかった」日本が、すすんでいくであろう道を正確に予測していた。「変われなかった」ことで、起きてしまった今回の大事故に日本は今後どう対応し、どう変わっていくのか。これを世界は、厳しく注視している。」\n　ここに登場している朝河貫一は、1873年福島県二本松市に生まれ、福島県尋常中学、東京専門学校(早稲田大学)アメリカ、ダートマス大学、イエール大学、イエール大学大学院へとすすんだ人です。日露戦争に勝ち、世界の大国気取りをしはじめた日本に警鐘をならし、アメリカで日本史研究を行いました。朝河貫一の日本研究とはどのようなものでどのような人物であったのかを考え、そのことをとおして日本社会をそして原発事故の背景などを考えます。\nまた、朝河氏は1942年のウィルコックス宛書簡の中で以下のように述べているといいます。\n「科学は、人間が創り出したものであるが、人類の知性は、まだそれをコントロールできないフランケンシュタインのモンスターである。しかしながら、幸いなことに、科学は人間を圧倒するほどにはなっていない。おそらくそれはまだ緒についたばかりであり今こそ科学についてよく考え、対処すべき時である。、、、」\nこれは、朝河氏の科学観を示す興味深い記述といえますが、2011年の原発事故は、朝河氏の予想を超えたしまったことをも示していると思われます。\nこうした科学観をてがかりにして現代科学における原子力に関するリスク管理やリスクコミュニケーションの問題を考えます。 \nご関心ある方は、以下のフォームから3月11日(金曜)深夜までにお申込みください。 \nhttps://legacy.creativesurvey.com/reply/4606b07ff3c067798719ffb6bcf212 \nどうぞよろしくお願いいたします。 \n◎第211回北京日本人学術交流会のお知らせ\n◎日時；2016年3月13日(日曜)午後3時から報告質疑応答ふくめて午後8時ごろまで。\n◎場所；亮馬橋幸福ビル中華料理店京味菜の一室(くわしくは申し込んでくれた方にお知らせします。)\n◎テーマ；「北京で考える「朝河貫一と福島原発事故」」\n◎報告者；山口直樹氏(北京日本人学術交流会代表)\n◎参加費\n運営費、資料代など\n飲み物(ビールやソフトドリンク)や中華料理が用意されます。社会人(企業派遣留学生含む)200元；留学生、学生；100元(運営費、資料代、食事代など)\n◎言語；主に日本語(ときに中国語) \n(要旨) \n2014年に武田徹ほか著『100年前からの警告―福島原発事故と朝河貫一』(花伝社、2014)という出版された。\nこの本では、2011年3月11日の東京電力福島第一原発を受け、2012年7月5日に「東京電力福島原子力発電所事故調査員会」(国会事故調、黒川清委員長)の報告書が出されていることが紹介されている。\n本書によれば、黒川清委員長は、冒頭の談話で以下のように述べているという。 \n「100年ほど前にある警告が、福島が生んだ偉人、朝河貫一によってなされていた。朝河は、日露戦争に勝利した後の日本国家のありように警告を鳴らす書『日本の禍機』をあらわし、日露戦争後に「変われなかった」日本が、すすんでいくであろう道を正確に予測していた。「変われなかった」ことで、起きてしまった今回の大事故に日本は今後どう対応し、どう変わっていくのか。これを世界は、厳しく注視している。」\n　ここに登場している朝河貫一は、1873年福島県二本松市に生まれ、福島県尋常中学、東京専門学校(早稲田大学)アメリカ、ダートマス大学、イエール大学、イエール大学大学院へとすすんだ人である。日露戦争に勝ち、世界の大国気取りをしはじめた当時の日本に警鐘をならし、アメリカで日本史研究を行っていた。朝河貫一の日本研究とはどのようなものでどのような人物であったのかを考え、そのことをとおして日本社会をそして原発事故の背景などを考える。\nまた、朝河氏は1942年のウィルコックス宛書簡の中で以下のように述べているという。 \n「科学は、人間が創り出したものであるが、人類の知性は、まだそれをコントロールできないフランケンシュタインのモンスターである。しかしながら、幸いなことに、科学は人間を圧倒するほどにはなっていない。おそらくそれはまだ緒についたばかりであり今こそ科学についてよく考え、対処すべき時である。、、、」\nこれは、朝河氏の科学観を示す興味深い記述といえるが、2011年の原発事故は、朝河氏の予想を超えたしまったことをも示していると思われる。\nさらに、こうしたなか朝河貫一の科学観をてがかりにして現代科学における原子力に関するリスク管理やリスクコミュニケーションの問題を考えて共同討論を行う。
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SUMMARY:日中歴史カフェ（第210回北京日本人学術交流会）
DESCRIPTION:第210回北京日本人学術交流会においては、「第五福竜丸のビキニ被曝についての日中における記憶の差異とマーシャル諸島島民の現在」というテーマで日中歴史カフェが行われます。映像を交えて日中の歴史などを考えていくカフェで最初から必ずしも専門的な知識が、必要なわけではありません。 \n2016年3月1日は、62回目のビキニデーです。\n1954年3月1日、日本のマグロ漁船、第五福竜丸が、アメリカの水爆実験によってビキニ環礁で被曝して62年がたとうとしています。\nその記憶は、日本では忘却がすすんでいるものの、まだ保持はされています。\n一方、中国ではその記憶は、ほぼ消滅している状況です。\nまた、日本で第五福竜丸に注意した人は、いましたが、アメリカの水爆実験の実験場になったマーシャル諸島の人たちに注意を払った人は、非常に少なかったといえます。\n日中での第五福竜丸の記憶の違いを考えるとともに、水爆実験の実験場となったマーシャル諸島の人々の現在も考えます。\nご関心ある方はご参加いただければ、幸いです。 \n2016年3月4日(金曜)までに以下のフォームにおいただければ幸いです。 \nhttps://legacy.creativesurvey.com/reply/4098064c17c433903c3db8b3ed1e7a \nどうぞよろしくお願いします。 \n◎第210回北京日本人学術交流会\n◎日時；2016年3月6日(日曜)午後3時開場、3時半開始報告、質疑応答含めて午後8時ごろ終了予定。\n◎場所；亮馬橋幸福ビル中華料理店京味菜の一室(くわしくは申し込んでくれた方にお知らせします。)\n◎報告者；山口直樹氏(北京日本人学術交流会代表)\n◎テーマ；日中歴史カフェ「第五福竜丸のビキニ被曝についての日中における記憶の差異とマーシャル諸島島民の現在」\n◎参加費；運営費、資料代など\n飲み物(ビールやソフトドリンク)や中華料理が用意されます。社会人(企業派遣留学生含む)200元；留学生、学生；100元(運営費、資料代、食事代など)\n◎言語；主に日本語(部分的に中国語) \n(要旨)\n2016年3月1日は、62回目のビキニデーである。\n1954年3月1日に日本のマグロ漁船、第五福竜丸が、アメリカの水爆実験によってビキニ環礁で被曝して62年がたとうとしている。\nその記憶は、日本では忘却がすすんでいるものの、まだ保持はされており完全に忘却されているわけではない。\n一方、中国ではその記憶は、ほぼ消滅している状況であり、研究者レベルの人でもこの出来事を知らないという状況が生じている。\nまた、日本で第五福竜丸に注意した人は、いたが、アメリカの水爆実験の実験場になったマーシャル諸島の人たちに注意を払った人は、非常に少なかったし、またマーシャル諸島と日本が歴史的にどういう関係にあるかを考えた人も非常に少なかった。\nここでは、日中での第五福竜丸のビキニ被曝の記憶の違いを考えるとともに、日本とマーシャル諸島の歴史的な関係を探り、水爆実験の実験場となったマーシャル諸島の人々の現在も考える。\n関心ある方はご参加いただければ、幸いである。
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SUMMARY:仏教音楽について考える会
DESCRIPTION:第209回北京日本人学術交流会では、日本学術振興会特別研究員として北京に滞在し、中央音楽学院などで仏教音楽の研究をされている新堀歓乃氏に「近現代の日中両国にみる「仏教音楽」の成立と展開——伝統文化の保存・継承・変容を考える」というテーマでお話しいただきます。「仏教音楽」とはなんであり、どのように成立し、展開してきたのか。それを日中両国について比較して報告いただく予定です。\n新堀氏は、『近代仏教教団とご詠歌』(勉誠出版2013年)という本も出版されていますが、参加者は、普段なかなか聞くことのできない豊饒な仏教音楽の世界をかいまみることができるでしょう。ご関心のある方は2月25日(木曜)深夜までに以下の申込フォームまでお申し込みください。\n\nhttps://legacy.creativesurvey.com/reply/53a4fc180186960b55a6e95ef2ba9e  \n◎第209回北京日本人学術交流会\n◎日時:2016年2月27日(土曜)午後2時半開場、3時開始報告、質疑応答含めて午後8時ごろ終了予定。\n◎場所:亮馬橋幸福ビル中華料理店京味菜の一室(くわしくは申し込んでくれた方にお知らせします。)\n◎報告者:新堀歓乃氏(日本学術振興会)\n◎テーマ:近現代の日中両国にみる「仏教音楽」の成立と展開——伝統文化の保存・継承・変容を考える\n◎参加費:運営費、資料代など\n飲み物(ビールやソフトドリンク)や中華料理が用意されます。社会人(企業派遣留学生含む)200元；留学生、学生；100元(運営費、資料代、食事代など)\n◎言語；主に日本語(部分的に中国語)  \n【要旨】\n「仏教音楽」というと「寺院に音楽があるのか」と疑問に思われる方も多いかもしれないが、日中両国を含めた仏教を伝える諸国では、仏教の儀式や仏教的な習俗のなかに実に豊かな音の文化が広がっている。このような仏教に関わる音文化はいつ、いかにして「仏教音楽」と呼ばれるようになったのか。本報告では、日中両国の「仏教音楽」という概念が成立した過程を比較することを通じて、日中両国の宗教を取り巻く社会的背景の違い、伝統文化の保存継承に対する政策の違いを考える。\n日本では、声明（しょうみょう）という僧侶が仏教儀礼で唱える声楽のほか、僧侶以外の信者が葬儀や巡礼などで唱えるご詠歌など、仏教に関わる様々な音文化を「仏教音楽」と総称する。ただし、こうした音文化を日本音楽の一種目と捉えるようになったのは、近代以降のことである。20世紀初頭に音楽学者が声明の研究を始めると、声明を日本音楽の一種目とみなす音楽観が定着していった。そして、戦後の1960年代になると、たとえば、祈りの対象として寺院で祀っていた仏像を美術品として博物館で展示し始めたように、祈りの行為として唱えていた声明が劇場等で鑑賞される「仏教音楽」となった。\n一方、中国では「仏教音楽」を、仏教の伝播した経路によって漢伝・南伝・蔵伝の三種類に分けることが一般的である。1950年代に音楽学者が漢伝仏教寺院に伝わる音楽を「発見」すると、その音楽は中国文化の「生きた化石」として評されるようになった。そして、1980年代に仏教音楽団が結成されると、「仏教音楽」は国内外の音楽ホールで上演され始め、寺院という閉じた空間から一般社会へと公開されるに至った。\n日中両国の「仏教音楽」が市民権を得ることができたのは、音楽学者がそれを自国の伝統音楽とみなして研究を始めたことに契機がある。また、音楽学者が仏教音楽の舞台化を後押しした点も両国に共通する。ただし、たとえば舞台化による仏教音楽の変容を両国間で比較してみると、音楽の伝統に向き合う伝承者・研究者の姿勢や、伝統文化の保存継承に対する国家の政策の違いが理解できる。\nこんにち、ユネスコ無形文化遺産への登録など、音楽を含めた伝統芸能の保存継承に関する議論が高まるなか、古い様式の保持に固執するあまり生きた伝統のダイナミズムを抑制してしまうことに警鐘を鳴らす日本の研究者がいる一方、中国では革新的な変容のなかで古い様式が失われていくことを嘆く声もよく聞かれる。本報告では、仏教音楽を題材に映像資料も参考にしながら、フロアの皆さんと伝統文化の今後を問い直す議論を交わすことができれば幸いである。
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SUMMARY:満鉄中央試験所の歴史を考える会
DESCRIPTION:第208回北京日本人学術交流会においては、学術交流会代表の山口によって満鉄(南満州鉄道株式会社)のなかにあった科学研究所である満鉄中央試験所についての歴史が、これまでの空白部分も含め一次資料に基づいて報告されます。これまで満鉄調査部については、かなりの関心を集めてきましたが、試験研究機関である満鉄中央試験所については、まだ謎も多いですので貴重な機会となるかと思います。「満洲」の化学工業史を理解するのには、この研究所の歴史の理解が、不可欠といえます。経済史の分野でも研究が進みつつありますが、植民地科学史の視点から、満鉄中央試験所について考える試みを行います。\n関心のある方は、ご参加いただければ幸いです。  \n参加を希望される方は以下のフォームに1月29日(金曜)深夜までにお申し込みください。  \nhttps://legacy.creativesurvey.com/reply/84618d628d8f119376f05f28c1c7e9  \nよろしくお願いいたします。  \n◎第208回北京日本人学術交流会\n◎日時；2016年1月31日(日曜)午後2時半開場午後3時開始、報告、質疑応答含めて\n午後8時ごろ終了予定。\n◎場所；亮馬橋幸福ビルB座一階、中華料理店、京味菜の一室。\n◎テーマ；「満鉄中央試験所の歴史を考える」\n◎報告者；山口直樹氏(北京日本人学術交流会代表)\n◎参加費\n飲み物(ビールやソフトドリンク)や中華料理が用意されます。社会人(企業派遣留学生含む)200元；留学生、学生；100元(運営費、資料代、食事代など)\n◎言語；主に日本語(部分的に中国語)  \n(要旨)\n満鉄中央試験所は、1907年、関東都督府中央試験所として成立し、その後、1910年に満鉄の中に移管され満鉄中央試験所となった。\n当初は、衛生や生物関連の研究を行う小規模な試験研究機関だったが、何度かの組織改革を繰り返し、やがて東アジア最大規模の研究開発機関となる。\nとりわけ「満洲」の化学工業史を考えるときその歴史の理解なくして、考えることができないというほどに重要な研究機関である。\n先行研究としては、先駆的になされたもの(杉田望著『満鉄中央試験所』(1990講談社))が存在し、経済史の分野(峰毅氏『中国に継承された「満州国」の産業-化学工業を中心に見た継承の実態』(御茶ノ水書房2009)など)からも光があてられてきている。また当事者たちの回想も存在する。中国側からの研究(梁波≪技術与帝国主義≫(2005))に加え、当時の一次資料に依拠しつつ植民地科学史の視点からその歴史を考察することを試みる。日中の科学技術交流を考えるときにも重要なケーススタディであるといえるが、まだ十分に満鉄中央試験所の歴史は知られているとは言い難い。日中関係に関心を持つ多くの人々と有意義な共同討論ができれば、幸いである。\n報告は以下のような内容で行われる予定である。  \nはじめに\n1、 満鉄中央試験所の成立  \n2、 満鉄中央試験所の初期設立理念  \n3、 「満洲」における研究・教育機関における満鉄中央試験所の位置づけ  \n4、満鉄中央試験所初代所長、慶松勝左衛門の中国観\n5、「満洲」における試験研究機関の予算構造―満鉄中央試験所の位置づけ\n6、大調査部構想のなかの満鉄中央試験所\n7、満鉄中央試験所、最後の所長、丸沢常哉\n8、満鉄中央試験所は、いかにして大連化学物理研究所となっていったか\nおわりに―満鉄中央試験所の歴史が教えること\n(以上)
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LOCATION:京味菜\, 北京市朝阳区东三环北路3号\, China
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