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北京で考える「朝河貫一と福島原発事故」(第211回北京日本人学術交流会)
2016年3月13日 @ 15:00 - 20:00
社会人200元、学生100元みなさん
お世話になっています。
山口直樹@北京日本人学術交流会です。
第211回北京日本人学術交流会においては、福島第一原発の事故から五年となる時期になることを考え、それに関連した企画「北京で考える朝河貫一と福島原発事故」を行います。
2014年に武田徹ほか著『100年前からの警告―福島原発事故と朝河貫一』(花伝社、2014)という本がでました。
この本は、2011年3月11日の東京電力福島第一原発を受け、2012年7月5日に「東京電力福島原子力発電所事故調査員会」(国会事故調、黒川清委員長)の報告書が出されています。
本書によれば、黒川清委員長は、冒頭の談話で以下のように述べているといいます。
「100年ほど前にある警告が、福島が生んだ偉人、朝河貫一によってなされていた。朝河は、日露戦争に勝利した後の日本国家のありように警告を鳴らす書『日本の禍機』をあらわし、日露戦争後に「変われなかった」日本が、すすんでいくであろう道を正確に予測していた。「変われなかった」ことで、起きてしまった今回の大事故に日本は今後どう対応し、どう変わっていくのか。これを世界は、厳しく注視している。」
ここに登場している朝河貫一は、1873年福島県二本松市に生まれ、福島県尋常中学、東京専門学校(早稲田大学)アメリカ、ダートマス大学、イエール大学、イエール大学大学院へとすすんだ人です。日露戦争に勝ち、世界の大国気取りをしはじめた日本に警鐘をならし、アメリカで日本史研究を行いました。朝河貫一の日本研究とはどのようなものでどのような人物であったのかを考え、そのことをとおして日本社会をそして原発事故の背景などを考えます。
また、朝河氏は1942年のウィルコックス宛書簡の中で以下のように述べているといいます。
「科学は、人間が創り出したものであるが、人類の知性は、まだそれをコントロールできないフランケンシュタインのモンスターである。しかしながら、幸いなことに、科学は人間を圧倒するほどにはなっていない。おそらくそれはまだ緒についたばかりであり今こそ科学についてよく考え、対処すべき時である。、、、」
これは、朝河氏の科学観を示す興味深い記述といえますが、2011年の原発事故は、朝河氏の予想を超えたしまったことをも示していると思われます。
こうした科学観をてがかりにして現代科学における原子力に関するリスク管理やリスクコミュニケーションの問題を考えます。
ご関心ある方は、以下のフォームから3月11日(金曜)深夜までにお申込みください。
https://legacy.creativesurvey.com/reply/4606b07ff3c067798719ffb6bcf212
どうぞよろしくお願いいたします。
◎第211回北京日本人学術交流会のお知らせ
◎日時;2016年3月13日(日曜)午後3時から報告質疑応答ふくめて午後8時ごろまで。
◎場所;亮馬橋幸福ビル中華料理店京味菜の一室(くわしくは申し込んでくれた方にお知らせします。)
◎テーマ;「北京で考える「朝河貫一と福島原発事故」」
◎報告者;山口直樹氏(北京日本人学術交流会代表)
◎参加費
運営費、資料代など
飲み物(ビールやソフトドリンク)や中華料理が用意されます。社会人(企業派遣留学生含む)200元;留学生、学生;100元(運営費、資料代、食事代など)
◎言語;主に日本語(ときに中国語)
(要旨)
2014年に武田徹ほか著『100年前からの警告―福島原発事故と朝河貫一』(花伝社、2014)という出版された。
この本では、2011年3月11日の東京電力福島第一原発を受け、2012年7月5日に「東京電力福島原子力発電所事故調査員会」(国会事故調、黒川清委員長)の報告書が出されていることが紹介されている。
本書によれば、黒川清委員長は、冒頭の談話で以下のように述べているという。
「100年ほど前にある警告が、福島が生んだ偉人、朝河貫一によってなされていた。朝河は、日露戦争に勝利した後の日本国家のありように警告を鳴らす書『日本の禍機』をあらわし、日露戦争後に「変われなかった」日本が、すすんでいくであろう道を正確に予測していた。「変われなかった」ことで、起きてしまった今回の大事故に日本は今後どう対応し、どう変わっていくのか。これを世界は、厳しく注視している。」
ここに登場している朝河貫一は、1873年福島県二本松市に生まれ、福島県尋常中学、東京専門学校(早稲田大学)アメリカ、ダートマス大学、イエール大学、イエール大学大学院へとすすんだ人である。日露戦争に勝ち、世界の大国気取りをしはじめた当時の日本に警鐘をならし、アメリカで日本史研究を行っていた。朝河貫一の日本研究とはどのようなものでどのような人物であったのかを考え、そのことをとおして日本社会をそして原発事故の背景などを考える。
また、朝河氏は1942年のウィルコックス宛書簡の中で以下のように述べているという。
「科学は、人間が創り出したものであるが、人類の知性は、まだそれをコントロールできないフランケンシュタインのモンスターである。しかしながら、幸いなことに、科学は人間を圧倒するほどにはなっていない。おそらくそれはまだ緒についたばかりであり今こそ科学についてよく考え、対処すべき時である。、、、」
これは、朝河氏の科学観を示す興味深い記述といえるが、2011年の原発事故は、朝河氏の予想を超えたしまったことをも示していると思われる。
さらに、こうしたなか朝河貫一の科学観をてがかりにして現代科学における原子力に関するリスク管理やリスクコミュニケーションの問題を考えて共同討論を行う。

