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中国と南アフリカ@北京日本人学術交流会
2016年6月5日 @ 15:30 - 20:00
RMB100 – RMB200◎第223回北京日本人学術交流会
◎テーマ:「中国と南アフリカ」
◎要旨
近年、中国はアフリカ諸国との関係を強めていることはよく知られている。
アフリカといっても広大だが、ここではとりわけ南アフリカ共和国をとりあげる。
南アフリカは、19世紀にイギリスの植民地であるケープ植民地となって以降、多くの白人が、移り住んだ。英語を解さないオランダ系白人はボーア人として二等国民扱いされ、差別され自らをアフリカーナと呼ぶようになった。イギリスとの対立から第一次ボーア戦争ではアフリカーナが勝利したが、第二次ボーア戦争(1899年―1902年)では、イギリスが勝利し、全土はイギリスの手に落ちた。1910年には、南アフリカ連邦として統治された。
1948年からは国民党が政権を担当し、本格的な人種隔離政策(アパルトヘイト)を実施しはじめた。
この政策は、基本的に90年代まで続いていた。
デクラーク大統領のころ情勢の変化によってアパルトヘイト政策の廃止のぎざしがあわられた。さらに決定的だったのは、1994年に黒人のネルソン・マンデラが、選挙で大統領に選出されたことだった。かつてアパルトヘイト時代、白人は、ネルソン・マンデラを「テロリスト」と呼んでいたが、マンデラの大統領就任で政策、制度としてのアパルトヘイトは廃止された。なお80年代、南アフリカの最大の貿易相手国は、日本であった。
このころ南アフリカの日本人は、「名誉白人」といわれていた。
一方、2000年代以降は、最大の貿易相手国は、中国となり、中国の影響力が強くなっている。かつてアパルトヘイト時代は、国際的な孤立を深めていたことと反共政策を打ち出していたことから台湾(中華民国)やイスラエルと結びつきが強かったことを考えると大きな変化である。
中国で南アフリカに大きな関心を示している中国人研究者に、清華大学人文科学院歴史系教授の泰晖氏がいる。彼は南アフリカとマンデラ(中国語では曼徳拉と表記)についての大著を世に問うている。泰晖氏は、南アフリカをどうみているのだろうか。マンデラに関する映画を見た後、こうしたことを参考にし、中国と南アフリカの関係を考える場としたい。
◎日時:2016年6月5日(日曜)午後3時開場午後3時半開始、報告、質疑応答、食事など午後8時ごろ終了予定。
◎場所:亮馬橋幸福ビルB座中華料理店京味菜の一室(くわしくは参加申し込みしてくださった方にお知らせします。)
◎報告者:山口直樹(北京日本人学術交流会代表)
◎参加費:運営費、資料代、食事代など
飲み物や中華料理が用意されます。社会人(企業派遣留学生含む):200元、学生100元
◎言語:主に日本語(時に中国語)
近年、中国とアフリカの関係が深まっていることはご存知と思いますが、
第223回北京日本人学術交流会では、南アフリカの政治家、ネルソン・マンデラを扱った
映像をみたあと中国人研究者の南アフリカ社会に関する仕事を共有し、中国と南アフリカ関係について考えます。
貴重な機会になるかと思います。
ご関心のある方は、6月3日(金曜)深夜までに以下のフォームにお申込みいただければ、幸いです。
https://legacy.creativesurvey.com/reply/3eff122ed3758bfe05149f5e49c71a

